元居た場所に引き返し、今度は下り坂を下り始めた。

冒険だね。

「はぁ…疲れた。三年分歩いてる気がしますよ…」

愚痴るルイーシュ。

「それは、普段歩かな過ぎなんじゃないかな」

僕はこれくらい余裕だよ。毎晩の深夜巡回より楽。

少なくとも今は、深夜巡回と違って姿や気配を消す必要はないからね。

「令月さんは疲れないんですか?」

「疲れてはいないけど、履いてる地下足袋の底が酸で溶けてきて、足の裏がピリピリする」

「それは地下足袋を履いてる方がおかしいんですよ」

そうかな。

履き慣れてるから、この方が歩きやすいし、それに足音も消せるから。

「仕事」の時は、藁草履(手編み)か地下足袋のどっちかなんだよね。

替えの地下足袋が風呂敷の中に入ってるから、いざとなったらそっちに履き替えよう。

「それより…さっきから、心音、いや規則的な音が聞こえなくなりましたね」

心音って言っちゃったね。今。

「その代わり、ねちょねちょが増えてきたね」

元居た場所は、精々ぬかるみを歩いている…くらいだったのに。

下り始めてしばらくすると、段々粘液が増えてきて。

今は、さながら水溜まりの中を歩いているようだ。

しかも、足に触れるとピリピリする水溜まり。

そろそろ、疑いようがなくなってきたな…。

「えぇ。胃液が、いや、粘液が増えてきて…」

胃液って言っちゃったね。

もう良いんじゃないかな。わざと言わないようにしてるみたいだけど。

…すると。

ランタンで照らした先に、開けた場所が見えた。

「この先…何だか広い空間があるね」

「へぇ?…うわぁ…」

そこは、さながらピンク色のプールのようだった。

粘液の水溜まりは、僕達の足首くらいの深さまで到達している。

さすがに、この中に入るのは危なそうだね。

溶かされそう。

ピンク色のぶにぶにした壁が、ぐねぐねと気持ち悪く動いていた。

これは…見たことあるの色だね。

人間の、臓器の色…。

更に。

「あそこ…見える?」

「えぇ、見えてますよ…。…消化中、ですね」

「そうだね」

ランタンの先、酸性の浅いプールの中に、ドロッと溶けた肉の塊が浮かんでいた。

非常にグロテスク。

おまけに、酸っぱいような腐ったような、何とも言えない悪臭が鼻を突く。

最早、疑う余地はない。

…おかしいな。僕達、冥界に来たはずなんだけど。

「…何で、人の胃の中にいるの?」

「さぁ…。それは永遠の謎ですね」

気がついたら、何処かの誰かの胃の中に迷い込んでしまった。

…僕達、もしかしてこのまま、ここで消化されて、栄養分にされちゃうのかな?