異変は、登り始めて10分ほどで現れた。

「なんか不穏な感じするんですけど。気の所為ですかね?」

「僕の感じてるこの気配が気の所為じゃないなら、そうなるね」

「やっぱりそうですよねー…」

一番気になるのは、音だね。

登り坂を上るにつれて、腹にズシッと響くような轟音が聞こえる。

しかも、段々と音が大きくなってる気がする。

ドシン、ドシン、って定期的に。

「何の音なんですかね?これ」

「分からないけど…。…。脈?」

「はい?」

「脈みたいだなと思って」

自分の手首に指先を当てると、脈がドクドク鳴ってるのが聞こえるでしょ?

僕、大体1分間に80回くらいなんだけど。

ここに響いてる音、丁度、あれと同じ感覚で鳴ってるんだ。

一分間に80回くらい、ドシンドシンって鳴ってる。

まぁ、脈の音はドシンドシンじゃないけどさ。

「脈の音…。言われてみればそんな感じですね。等間隔で絶え間なく…」

「うん」

「…でも、何で脈の音が聞こえるんですか?誰の?」

「さぁ。分からない」

この時点で僕、頭の中に一つの仮説が生まれたんだけど。

…これって言った方が良いのかな?

「ねぇ、僕さっきから思ってることが…」

「いや、言わなくて良いですよ。多分俺も同じこと考えてるんで。言わないでください」

そう。分かった。

言わなくて良いと言われたので、敢えて口を閉ざしたまま、もう10分ほど歩いていった。

しかし、僕達はそこで足を止めなければならなかった。

と言うのも。

「…険しいね」

「…険しいですね」

登り始めてからというもの、段々と傾斜が険しくなってきたのだが。

とうとう、傾斜が険しい…どころか、ほぼ垂直になってしまった。

井戸の底から這い上がろうとしているようなものだ。

でも、これは井戸よりもっと悪いね。

だって井戸なら、ロープに鉤爪をつけて登ることが出来るから。

こんなぶよぶよの壁じゃ、鉤爪も引っ掛からないよ。

『八千歳』がいてくれたらな…。糸魔法をロープ代わりにして、簡単に登れたんだけど…。

一応、僕の暗殺非常用持ち出し袋の中に、ロープは入っている。

僕一人なら登れないことはないけど…。ルイーシュはどうだろうね。

「どうする?…登ってみる?」

「登った先に出口があるなら、努力して見る気にもなりますけど…。ロープの長さ、足ります?」

それは分からないね。登ってみないと。

ランタンを掲げて、井戸の底から空を見上げるようにして顔を上げてみたけど、出口らしき光は見えなかった。

果たして、ここから地上(?)まで何メートルあるのか…。僕の持ってるロープで登り切れる距離なのか。

そもそも、登った先に出口があるのか…。甚だ疑問だね。

登ってる途中でロープが切れたり、登った先が行き止まりだったら、さすがに取り返しがつかない。

この高さじゃ、簡単に引き返すことも出来ないし。

…さぁ、どうしたものかな。

「…登るのは最終手段にして、今度はもといた場所を下ってみない?」

「はぁ…。…そうする方が良いでしょうね」

行ったり来たり、時間の無駄遣いだね。

でも、じっとしているよりは確実に前に進んでるから。

それに…僕が今考えている仮説が正しいとしたら、下り坂を下った先には、多分…。