…うわー…。

「…海ですね」

「うん。海だね」

何処からどう見ても、何の変哲も無い…海。

リリスから散々脅されていたから、きっと地獄の底みたいな場所なんだろうと覚悟していたのに…。

恐れ知らずのすぐりさんは、波打ち際まで歩いていき。

しゃがんで、指の先を海水に浸けて、ぺろっと舌で舐めた。

「…うん、しょっぱい。海だね」

「やっぱり海ですか?」

「ふつーの海だね」

…成程、そうですか。

…僕達、本当に冥界に来たんですよね?

冥界にも海があるなんて…聞いたことないんですけど。

「…とりあえず、浜辺をぐるっと一周してみます?」

「そーだね」

まずは、周囲の状況確認。

現在地が分かるように、印をつけながら海沿いをぐるっと歩くこと、およそ30分。

「あ、戻ってきた」

「戻りましたね…」

もっと時間がかかると思っていたのに、意外と早かった。

…最早、疑う余地もない。

周囲を海に囲まれたこの場所は、恐らく…。

「…無人島ですかね?」

「うん。無人島っぽいねー」

冥界に飛び込んだつもりが、辿り着いたのは無人島でした。

…って、何だかラノベのタイトルみたいじゃないですか?

でも、本当にこういうことってあるんですね。

「おかしいですね。僕、冥界遠征に来たつもりなんですけど…。何で無人島にいるんでしょう?」

「さー…?いーんじゃない?超巨大生物の胃の中!とかじゃなかったんだから」

「そうですね。魔物の墓場とかじゃなくて良かったです」

少なくとも、魔物に襲われるってことはなさそうですよ。無人島万歳。

ぐるりと海辺を一周したけど、魔物の姿は一切見ませんでしたし。

「って言うか、ここ本当に冥界なんですかね?」

全然冥界っぽくないと言うか…。普通の、現世の無人島みたいに見える。

「さーね。でも、この島って全然生き物がいないからさ」

「無人島だからでは?」

「人がいないって意味じゃなくて、生き物全般だよ。植物は生えてるけどさー、生き物は全然いないじゃん。虫とか鳥とか」

確かに、言われてみれば。

無人島なら、野生の動物くらいいてもおかしくないだろうに。

鳥のさえずりも、虫の声も、一切聞こえない。

海沿いの岩陰を覗き込んでも、魚一匹、どころか、岩にくっついている貝もいない。

生き物の影も形も、この島には一切なかった。

生命の息吹らしきものが、全く感じられない。

ということは…やはり、ここは冥界なのか。

この島にある唯一の生き物と言えば…植物くらいだが…。

「ナジュせんせー、こんな葉っぱ見たことある?」

すぐりさんが、ジャングルの地面に落っこちていた落ち葉を拾って、こちらに見せた。

思わず、一歩引いてしまいそうになった。

「何ですか…?それ」

「気持ち悪いよねー」

大人の手のひらサイズの、巨大な葉っぱ。

一見普通の落ち葉のように見えるが、まるで、脈打つ動脈のような赤黒い葉脈が出来ている。

匂いを嗅いでみると、本当に血のような匂いがして、不気味さを一層駆り立てていた。

こんなグロテスクな植物、見たことがない。

しかも、おかしいのはこの葉っぱだけじゃなかった。