――――――…声がする。愛しい声が。

「…くん、ナジュ君、起きて。ここは駄目だよ」

「…」

「すぐに逃げて、お願い。禁忌に触れる前に…」

…この声は。

僕の…一番大事な人の声。

彼女の言葉を聞き返そうとしたが、しかし、現実世界から僕を呼ぶ、別の声に揺り起こされた。

「ナジュせんせー。起きて。死んでるの?」

「…死にませんよ、僕は…」

「あ、起きた」

目を覚ますと、そこにはリリスではなく、天音さんでもなく。

すぐりさんの姿が、そこにあった。

…あれー…?

「…何ですぐりさんなんですか?」

「さー?知らない。何でナジュせんせーなの?」

「さぁ…知りません」

冥界で起きる事象に、いちいち理由を尋ねる方が間違ってますね。

…とはいえ、これは誤算だった。

僕、天音さんと一緒に冥界を旅する予定で、一緒に来たはずなのに。

『門』を潜るなり、僕は天音さんと引き離された。

僕は最悪、冥界でどんな目に遭っても死なないから、一人でも大丈夫だけど。

天音さんが一人、単独行動になるのは不味いな、と思った。

「まさか、すぐりさんと同じ場所に飛ばされてるとは…」

運命の悪戯って奴ですかね。これが。

まぁ、一人じゃなかったことを喜ぼう。

その時僕は、すぐりさんの横に居るべき人間がいないことに気づいた。

「…すぐりさん、あなた、令月さんは?」

「分かんないねー。ここに来た時にはぐれて、行方不明」

成程。

僕が天音さんと引き離されたように、すぐりさんも令月さんとはぐれたんですね。

事前に決めたペア分け、もうぐっちゃぐちゃじゃないですか。

「近くにいるんでしょうかね?天音さんも、令月さんも…」

「さぁ…。人間の気配は全く感じないね。ナジュせんせーだけでも、見つけられて良かったよ」

「そうですね」

僕も、せめてすぐりさんと合流出来て良かったですよ。

「提案なんですが、お互い相棒が見つかるまで、行動を共にしませんか?」

「ナジュせんせーと組めってこと?」

「嫌なら、無理強いはしませんけど」

事前に決めたペア分けが崩壊した以上、現地で、臨機応変に動くしかないだろう。

「いーよ。ナジュせんせーと組んであげる」

それはどうも。

「じゃあ、しばらく宜しくお願いします」

「うん、よろしくー」

天音さんのことは心配だけど。

代わりに、気心の知れたすぐりさんと行動を共に出来るのだから、まだマシだったと思おう。