思わずそう呼んでしまいそうになって、慌てて口を閉じた。

 最後に会ったときより少し歳を重ねたように見えるけれど、浮かべられた笑顔は昔そのままだ。

「こちらは……」

 母の視線がわたしの方に向いた。
 まるで他人行儀な反応に戸惑いかけ、はたと思い直す。

 いまのわたしは「結衣」じゃなくて「風花」なのだ。
 それは不幸でも残酷な悲劇でもなく、わたし自身が決めたこと。

「……鈴森風花です」

 そう言うと、母がはっとした顔になる。

「風花ちゃん……? 元気だった?」

「はい……」

「そう。悠真くんからちょくちょく聞いてはいたんだけど、こうやってまた会えてよかった」

「え、悠真から?」

 思わず隣を見やると、どこか心配そうに窺うような表情を浮かべていた彼と目が合った。
 我に返った悠真が答える。

「ああ、ほら。こうやってお墓参りに来てたまたま会ったときとか……」

「それと、命日になるとうちまで結衣に会いにきてくれるの。そのときにね」

「そうだったんだ……」

 全然、知らなかった。

 悠真も悠真で、過去や真実を心の奥底へ追いやって見ないようにしているものだと勝手に思っていた。

 でも、とっくに前を向いていたんだ。
 というよりはあの日口を噤んだことへの償いか、もしくは義務と捉えているかもしれない。

「よかったら、今年は風花ちゃんも一緒に来てね。結衣もきっと喜ぶわ」

「……はい、必ず」

 母の目をまっすぐ見ることに、最初よりも後ろめたさを感じなくなっていた。

 これでよかったんだ、と思えたら、自然と笑顔を浮かべられた。



     ◇



「行ってきまーす」

 週明け、いつも通りに家を出ると門の前で悠真が待っていた。
 庭の小道を抜けて駆け寄る。

「おはよう、悠真」

「……おはよ」

 降り注ぐ朝陽を浴びながら、ふたり並んで歩き出す。
 彼に言わなければ、と用意していたことを切り出すべく口を開いた。

「あのね」

 なるべく普段通りの調子で言おうとしたのに、思ったよりも深刻そうな声色になってしまう。

「その、あのときのこととか……いままで隠してきたことが、もし悠真の負担になってるなら────」

「なってない」

 過去やわたしの存在が彼を縛りつけているんじゃないか、と不安でたまらなくなっていたけれど、たったひとことであっさり否定された。

「俺はずっと自分の思う通りに行動してるだけ。結衣のそばにいるのは俺の意思だよ」

「本当……?」

「本当。ここが俺の居場所だから」