◇
墓前で手を合わせて目を閉じる。
さぁ、と流れるようにそよいだ風が耳元を通り過ぎていった。
(風花ちゃん……遅くなってごめんなさい)
彼女は、そしてわたしの本当の両親はどう思うだろう?
わたしが成り代わっているという事実を。
このまま「風花」として生きるのが正解なのかどうか、自分でも分からない。
だからといってこの10年間をひっくり返し、いまさら「結衣」に戻るなんて無茶だ。
土台からすべてが揺らぎ、日常も平穏も壊れてしまう。
それで幸せになれるとは思えないし、何より悠真の決意や優しさを否定しかねない。
『思い出さなくていい』
前に悠真は、それがきみのためにもなる、と言った。
きっと、こういう葛藤からも守ってくれようとしたのだろう。
10年近くたったひとりで真実を背負い、秘密を抱え、口を噤み続けてきた。
ひとえにわたしを思ってのことだ。
……どれほど強い覚悟が必要だったんだろう。
結局、どうするか選ぶのも決めるのも自分自身だ。
それはいまを生きているわたしにしかできないこと。
(わたしは────)
悠真の守ろうとしてくれたものを、大事にしたい。
その方がきっと後悔しない。
真実だけが“正しい”とは限らないから。
(それでもいいかな……? 風花ちゃん)
ふ、と目を開けた。
何だかはじめよりもあたりが眩しく感じられる。
「……言いたいこと、伝えられた?」
隣に立っていた悠真に尋ねられ、そっと頷いた。
「わたしはわたしなりに前に進もうと思う。風花ちゃんをがっかりさせないように」
「そっか。……うん、いいんじゃない」
不思議と心は透明で軽かった。
髪の結び目に手を当て、リボンのバレッタを外す。
彼女と大和くん、ふたりの思い出や時間は、最初からわたしのものじゃなかった。
彼女に返す形で、墓前に供えておく。
それから悠真を見上げて告げた。
「ありがとう、悠真。ここに連れてきてくれて」
彼はただゆったりと微笑んだ。
わだかまりや呵責から解放されたような、晴れやかな表情だった。
手桶と柄杓を持ち、立ち並ぶ墓石の間を歩いていく。
見上げた空はいつもより澄んでいて、薄い雲が優しくたなびいていた。
「……あら、悠真くん」
水道のそばに手桶を返したとき、ふとそんなふうに声をかけられた。
彼と一緒に振り返ると、40代くらいの女の人が立っている。
「こんにちは」
「こんにちはー。結衣のお墓参りに来てくれたの? わざわざありがとう」
わたしは瞬きも呼吸も忘れて、真剣に女性を見つめてしまった。
(お母さん……)
墓前で手を合わせて目を閉じる。
さぁ、と流れるようにそよいだ風が耳元を通り過ぎていった。
(風花ちゃん……遅くなってごめんなさい)
彼女は、そしてわたしの本当の両親はどう思うだろう?
わたしが成り代わっているという事実を。
このまま「風花」として生きるのが正解なのかどうか、自分でも分からない。
だからといってこの10年間をひっくり返し、いまさら「結衣」に戻るなんて無茶だ。
土台からすべてが揺らぎ、日常も平穏も壊れてしまう。
それで幸せになれるとは思えないし、何より悠真の決意や優しさを否定しかねない。
『思い出さなくていい』
前に悠真は、それがきみのためにもなる、と言った。
きっと、こういう葛藤からも守ってくれようとしたのだろう。
10年近くたったひとりで真実を背負い、秘密を抱え、口を噤み続けてきた。
ひとえにわたしを思ってのことだ。
……どれほど強い覚悟が必要だったんだろう。
結局、どうするか選ぶのも決めるのも自分自身だ。
それはいまを生きているわたしにしかできないこと。
(わたしは────)
悠真の守ろうとしてくれたものを、大事にしたい。
その方がきっと後悔しない。
真実だけが“正しい”とは限らないから。
(それでもいいかな……? 風花ちゃん)
ふ、と目を開けた。
何だかはじめよりもあたりが眩しく感じられる。
「……言いたいこと、伝えられた?」
隣に立っていた悠真に尋ねられ、そっと頷いた。
「わたしはわたしなりに前に進もうと思う。風花ちゃんをがっかりさせないように」
「そっか。……うん、いいんじゃない」
不思議と心は透明で軽かった。
髪の結び目に手を当て、リボンのバレッタを外す。
彼女と大和くん、ふたりの思い出や時間は、最初からわたしのものじゃなかった。
彼女に返す形で、墓前に供えておく。
それから悠真を見上げて告げた。
「ありがとう、悠真。ここに連れてきてくれて」
彼はただゆったりと微笑んだ。
わだかまりや呵責から解放されたような、晴れやかな表情だった。
手桶と柄杓を持ち、立ち並ぶ墓石の間を歩いていく。
見上げた空はいつもより澄んでいて、薄い雲が優しくたなびいていた。
「……あら、悠真くん」
水道のそばに手桶を返したとき、ふとそんなふうに声をかけられた。
彼と一緒に振り返ると、40代くらいの女の人が立っている。
「こんにちは」
「こんにちはー。結衣のお墓参りに来てくれたの? わざわざありがとう」
わたしは瞬きも呼吸も忘れて、真剣に女性を見つめてしまった。
(お母さん……)