そのことを、俺だけは知っている。
 彼女が「風花」と呼ばれるようになり、あの日が遠い過去になったとしても。

 ……とはいえ正直、焼死体ならDNA鑑定でも何でもして、大人たちの手でいずれ事実が明かされるだろうと(たか)をくくっていた部分があった。

 もしくは互いの両親の第六感的な親子の絆で、そのうち気づくんじゃないか、と。

 しかし身元自体は分かっているからか、そういう個人を特定するような作業は行われなかった。

 いつまで経っても前提がひっくり返されることはなかったのだ。
 彼女は死に、鈴森は生き延びた、という前提が。

 あれから一年、二年……と月日が流れるたびに重くなっていく真実を、俺はひとりで背負っていく決意と覚悟を固めた。

 彼女は本来の自分を忘却(ぼうきゃく)し、いつしか「鈴森風花」だと本気で信じ込むようになった。

 だけど、それでよかった。防衛本能だ。
 周囲がその事実を押しつける環境で生きていくには、そうしないと耐えられない。



 ────だから、やっぱり三枝には渡せなかった。
 彼女の隣には俺がいるべきなのだ。

 だけど、煮えきらない態度になっていた自覚はある。
 俺自身、迷いと葛藤(かっとう)に揺れていたのもまた事実だった。

 彼女が不安そうな顔をするたび、三枝が惑わそうとするたび、必死で言葉を飲み込んできた。
 何度も本当のことを言いそうになって、ぎりぎりで(こら)えて背を向けてきた。

 真実を知って欲しい。
 でも、思い出して欲しくはなくて。

 予兆はあった。
 きっかけがあれば本来の記憶が戻ること、それは最初に“事故”と口にしたときに分かった。

 いくら嘘を上塗りしたところで、いずれは剥がれ落ちる。

「お願い。ぜんぶ教えて」

 偽りを織り交ぜて話そうと、彼女にとっては十分“きっかけ”になりうる。
 せっかく閉ざした記憶の蓋を、この手で開けることになるかもしれない。

 それでも、真実に向き合おうとする彼女の心をないがしろにして彼女が苦しむなら、本末転倒でしかない。

 だから、俺はもう一度覚悟を決めた。

 彼女がすべてを思い出したとき、必ずそばにいる、と。
 思い詰めて苦しんだりするようなら、俺が支える、と。

 この先、彼女がどんな選択をするとしても、変わらず一番近くで見守り続ける。

 もう、迷いも葛藤も必要なくなったから。