理解が追いつかなくて困惑した。
 そのうち、ぽた、と彼の瞳から涙が落ちる。

『何で、泣いて……?』

『……おれのせいだ。おれが、もっと早く────』

 泣きながら何度も“ごめん”と繰り返し、自責(じせき)の念に駆られているようだった。

 なにを謝られているのか、どうして自分を責めているのか、どうして泣いているのか、ひとつも見当がつかない。

 何もできないまま、ただ黙っていることしかできなかった。

『これからは……おれが守るから』

 しばらくしてそう言った悠真は、毅然(きぜん)と顔を上げる。もう涙は止まっていた。
 そっと歩み寄ってきて、優しくわたしの手を取る。

『大丈夫。きみは生きてる』

 不意に喉の奥が締めつけられて、思わず顔を歪めた。
 その言葉に泣いてしまったのは、ほとんど反射のようなものだった。

 混乱の中に差し込んできた一筋の光みたいにあたたかく感じられる。
 悠真だけが唯一、わたしを「風花」と呼ばなかった。



     ◇



 包帯の外れた自分の顔を見たとき、やっぱり、となぜか思った。
 まじまじと鏡を見つめる。

 火傷の傷を除けば、見慣れた顔をしていたからだ。
 やっぱり、わたしは風花じゃない。

 当たり前だけれど、いくら似ていても「結衣」としての面影や特徴がある。
 だけど、両親は火傷の影響で以前とは顔立ちが少し変わった、と思っているようだった。

 それを“元に戻す”ため、あらゆる治療を受けることになったわけだけれど────。

 わたしがいくら否定しようと、周囲からすればわたしは「鈴森風花」以外の何者でもない。
 むしろ疑いの余地がない、そんなふうにねじ曲がった認識が事実を作り上げていった。

 「風花」として接せられるうちに、わたしもわたしでだんだんわけが分からなくなっていった。

 すべてを抱えて真実と向き合っていくには、そのときのわたしはあまりに幼かった。

 自分は、本当は風花なのかもしれない。
 結衣は、本当に死んだのかもしれない。

 いずれにしても“彼女”が目の前で転落していったことは確かだった。
 その強烈なインパクトに気圧(けお)され、ずっと頭から離れない。

 そのせいで記憶もぐちゃぐちゃになった?
 パニックになって混同し、認識が歪んでいるのかもしれない。

 ────誰もが死んだのは「結衣」だと言う。
 それなら、生きているわたしは「風花」だということになる。

 きっと、それが正しい。

 いつの間にか虚構(きょこう)と誤解に染められ、わたしは自分のことを本当に「鈴森風花」だと思い込むようになっていた。

 それからは、(おの)ずと「結衣」の記憶を頭の奥底に閉じ込めて生きてきた。
 鍵をかけて、出てこられないようにした。

 「風花」として生きるなら、必要なかったからだ。



 悠真はあれ以降一度も来なくなり、ほとんど毎日のように来てくれていた大和くんもまた、引っ越してしまって会えなくなった。

『ぜったい迎えにいくから』

『待ってる』

 そんな最後の約束は、「わたし」じゃなくて「風花」が交わしたものだった。
 消えてしまった未来を、風花の信じていた“いつか”を補うために────。