震える声で呼びかけてみたけれど、当然反応はなかった。

 まさか、まさか……と悪い想像に(さいな)まれ、だんだん息が苦しくなってきた。
 すくむほど怖くて涙が滲む。

 目眩を覚えたわたしの腕が一瞬、感覚と力を失った。
 そのたった一瞬、自分の身体を支えられなかっただけで、平衡(へいこう)感覚をすべて奪われる。

『……!』

 浮遊感に包まれたわたしの脳裏に、先ほどの風花の姿がよぎった。
 咄嗟に身を縮める。肌を鋭い何かが引っかいていく。

 ────地面に落ちた瞬間の記憶はない。
 一旦意識を失って、目覚めたときには熱くて熱くてたまらなかった。

 あたり一面がぼんやりとオレンジ色に染まっていて、焦げくさいにおいが充満している。

(風花、ちゃん……)

 倒れているわたしの横に、下駄が転がっているのが見えた。
 少し視線を動かすと、浴衣も目に入る。

(よかった、ここにいたんだ……)

 状況も自分のこともそっちのけで真っ先に安心したものの、直後、心臓が冷えた。

 倒れている風花の胸のあたりを、鋭い枝が貫いていたのだ。
 染み出した血で浴衣がじわじわと赤く染まっていく。彼女はぴくりとも動かない。

『……っ』

 名前を呼ぼうとして思いきり息を吸い込んだ。
 その瞬間、焼けるように喉が痛くなる。

 あまりの苦しさに耐えきれなくなって、わたしは再び意識を手放した。



     ◇



 次に目が覚めたとき、病室のベッドの上だった。

 身体が動かないのは包帯のせいで、妙に圧迫感があるのは酸素マスクのせいだと遅れて思い至る。

 わたしが息を吹き返したことで病室はしばらく慌ただしくなったけれど、現実感が追いついてこなかったから、目の前の光景を遠くに感じていた。

『風花ちゃん、分かりますか?』

 最初に“おかしい”と感じたのは、先生や看護師さんがわたしをそう呼んだことだ。

 だけど、ぼんやりとしながら暢気(のんき)に構えていた。

 包帯でぐるぐる巻きにされているから間違えてしまったのかも……。
 それなら風花も助かっていて、同じように処置を受けているのかも……。

 でも、世界は思わぬ方向へ向かいかけていた。

『風花!』

 お見舞いに来てわたしをそう呼んだのは、紛れもなく風花の両親だった。
 誰も彼もがわたしを「風花」だと思っている。