「…………」

 わたしに誰だと尋ねた最初こそ、怒りのような警戒のような油断ならない態度を差し向けてきた大和くんだったけれど、だんだんとその色が薄まっていった。

 ただ戸惑うようにわたしを眺めている。

 「鈴森風花」を(かた)る別人が何かを企んでいるんじゃないか、と踏んでいたのが、予想と反して拍子(ひょうし)抜けしたみたいだ。

 当然といえば当然だけれど、わたしに悪意があるようには感じられなかったためだろう。

「風花じゃないって……認めるの?」

「……分かんない」

 結局はそう繰り返すほかなかった。
 あらゆる前提が崩れかけているいま、確かなことなんてひとつもない。

 大和くんは考え込むように眉を寄せ、顎に手を当てた。

「……風花じゃない、と俺は思う。けど、そんなことありえるのかな」

 彼自身も困惑しているみたいだった。
 わたしの混乱を半分背負ってくれたお陰で、少しだけ落ち着きを取り戻す。

(わたしの中での大きな出来事は、やっぱりあの事故……)

 転機となりえるほど衝撃的なものだった。
 その夏祭りの夜に関して、悠真が前になにかを言いかけていた。

『あのとき、おまえと────』

 その日なにがあったのか、わたしはやっぱり覚えていない。

「……あの頃の夏祭りの日、なにか特別なことあった?」

「夏祭り?」

 大和くんは記憶を辿るように視線を彷徨わせた。

「俺は引っ越しの準備が忙しくて、お祭りには行ってなかったんだよね。風花が火事に巻き込まれたって知ったのは、入院から何日か経ってからのことだった」

 しばらくは面会謝絶(しゃぜつ)の状態で、わたしの意識もなかなか回復しなかったと聞いている。

 快方(かいほう)に向かいかけてお見舞いが許可されてからは、時間の許す限り彼が付き添ってくれていたのだ。

 火傷の具合のことはやっぱり、そのとき話したに違いない。

「でも、あとから聞いた話だけど……あの火事で亡くなった子もいたんだって」

「え……」

 思わずこぼれた声はひび割れた。
 そんな話は知らなかった。

 けれど、悠真と話したときに思い出した光景が脳裏(のうり)をちらつく。
 薄れゆく意識の中、血の染みた浴衣と投げ出された下駄を、わたしは確かに目にしていた。

「何か目撃者がいたらしくて、発見は早かったみたい。ただ、その子は手遅れだった」