ぴた、とその手が止まったのは、けれどわたしがそう叫んだからではなさそうだった。

 両手首を掴んでいた力が緩む。

 今度はブラウスを捲ろうとしたのが分かって、手首をひねるようにして拘束(こうそく)を抜け出した。
 渾身(こんしん)の力を込めて突き飛ばす。

 慌てて起き上がり、自分を抱き締めるみたいな形で両腕を掴んだ。

「最低……」

 肩で息をしていた。視界が揺れて滲む。

 強く(ののし)る気力も湧かず、どうにかぶつけたひとことさえ掠れてしまった。

「…………」

 彼は何も言わないで立ち尽くしている。
 その顔を見ることもできず、横を通り過ぎたわたしは逃げるように保健室をあとにした。



(何で……)

 大和くんはどうしてあんなことをしたんだろう。
 ひとまずどこかでひとりになりたくて、手近なお手洗いへと駆け込む。

 個室に鍵をかけると、目の端に浮かんでいた涙を拭った。

 怖かったし、ショックだった。
 あんなに優しかった彼が、わたしの気持ちを完全に無視してないがしろにするような行動に出るなんて。

 肌にはまだ感触が残ったままだ。
 服の上から押さえつけるように触れたとき、偶然にもはたと思い至る。

「ま、さか……」

 ばっ、とブラウスを捲り上げた。
 そこには、脇腹には、消えなかった火傷跡が残っている。

 ────あの頃、怪我が回復したあと、わたしは親の勧めで何度も治療を受けた。

 親は“顔を元に戻す治療”だったり“皮膚を元通りにする治療”だったりと(しょう)していた。
 脇腹も同じく処置を受けたものの、ここだけは元通りにならなかったのだ。

 当初に比べれば随分よくなったとはいえ、触れるだけで凹凸(おうとつ)を感じる。もちろん痛みは既にないけれど。

「…………」

 どく、どく、と心臓がものものしい収縮を繰り返す。

(大和くんはこれを確かめようとしたの……?)

 わたしが入院しているとき、ほとんど毎日お見舞いに来て、付き添ってくれていたのは確かだ。
 彼もそう言っていたし、そのことはわたしの記憶も証明している。

 そのとき、脇腹の火傷が一番ひどいというような話をしたのかもしれない。

 ほかは消えてもそこなら跡が残っているのではないか、と踏んで────。

「でも、何でそんなこと……」

 深く考えるまでもなく、その答えに見当がついてしまった。
 昼休みのことを思えば、(おの)ずと。

「……大和くんも大和くんで、わたしを疑ってる?」