「え……」

 小首を傾げた大和くんは微笑みをたたえていた。
 だけど、そこに温もりは感じられない。

「きみが俺を選ぶことは10年前から決まってるんだよ。俺たちは結ばれる運命にあるんだから」

 一歩、二歩、とゆっくり歩み寄ってくる彼は、わたしだけを捉えて恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべていた。

「や、大和くん……?」

 我を失っているようにしか見えない。ぞくりとした。
 彼の抱く理想と幻想の世界に引きずり込まれるんじゃないか、と怖くなった。

 尋常じゃない気配を感じてさらに後ずさるけれど、すぐに背中が靴箱に当たってしまう。

「それ以外はありえない。認めないから────」

 正面で足を止めた大和くんの手が、わたしのすぐ横に置かれた。

「ねぇ、風ちゃん。俺はね、きみの存在だけを心の支えにして生きてきた。思い出に(すが)って耐えてきたんだよ」

 そう言った彼からは余裕がなくなっていた。笑みが消えていた。
 切なげな色の滲む双眸(そうぼう)に吸い込まれる。

「……なのに、やっと会えたと思ったら、きみはほとんど何も覚えてなかった。俺の気持ちが分かる?」

「……っ」

 覚えていなくても大丈夫、なんて言ってくれたのはやっぱり彼の気遣いだったのだ。

 その優しさに甘えて、わたしは大和くんを傷つけていた。
 彼の本心も知らないで、自分ばかりを優先して。

 いたたまれなくなって唇を噛み締めたとき、大和くんが口を開く。

「それでも、あの約束だけは諦めきれなかった」

 わたしの中にある唯一の思い出、その一場面が頭に浮かぶ。
 あのとき見ていた景色は同じだったのだろうか。

「きみを手に入れるためなら何でもする。いくらでも尽くすよ」

 先ほどまで胸を掠めていた不安や恐怖は消え去って、代わりに重たい罪悪感がのしかかってきた。

 脚に力を入れて立っていないと、押し潰されて崩れ落ちそうになるほど。

 彼を振り回しているのは紛れもなくわたしだ。
 覚えていないせいで。答えを先延ばしにしているせいで。何もかも曖昧なせいで。

 大和くんが本物だとか偽物だとか、いまはどっちだってよかった。
 どっちだって、わたしが目の前の彼を傷つけたことに変わりはない。