大和くんは何ら迷うことなくグミの方を手に取った。

 これに関してはチョコの方を選んだとしても、それこそ好みが変化したのだと納得していたかもしれない。
 どちらにしても想定の範囲内だ。

「グミって昔はちょっと特別な感じがしたよね」

 わたしは用意していた言葉を口にした。

「お小遣いもらって、ふたりで駄菓子屋に行って、お金出し合っていつも同じグミ買ってたよね。駄菓子じゃなくて」

「そうだね、そういえば……。これではなかったけど」

 手にしたグミの袋を眺めつつ、大和くんは何てことないように言ってのけた。

 本命としてかけた仕掛け(かま)を、いとも簡単にかいくぐられてしまった。

(それが分かるってことは、本当に大和くんなの?)

 まじまじと見つめてしまうと、ふとこちらを向いた彼と目が合う。

「風ちゃん、もしかして昔のこと思い出したの?」

「えっ。あ、えと……ちょっとだけ」

 誤魔化すように笑みを浮かべた。
 思い出した、というのは、実際には正確じゃない。

 とはいえ、わたしも当初はその可能性を考えた。
 悠真がほのめかした“事故”────そのせいで記憶の一部を失ったのではないか、と。

 現に事故のことも曖昧だし、わたしだけが覚えていないというのも、そういうことなら納得がいく。

 だけど、それはきっと違う。
 事故によって記憶をなくしたわけじゃない。

 なぜなら、思い出はほとんどなくても“情報”はちゃんと持っていたから。

 いまみたいに、大和くんに関することは覚えているのだ。

 いまのところ、彼は完璧だった。わたしの中にある大和くんの情報と齟齬(そご)もない。
 でも、だからこそ違和感が拭い去れない。彼が大和くんであるほど何かが()せない。

 それで自覚した。
 わたしはやっぱり、目の前の人を疑っている────。

「……あ、の」

 机の上に目を落としていると、無意識のうちに言葉がこぼれ落ちていた。

「昔……わたしの誕生日に駄菓子屋で、両手に抱えきれないくらいのチョコ買ってくれたことあったよね」

 いま口にしたのは完全なでたらめだった。またしてもかまをかけたのだ。
 (よど)みなく言えたことに自分で驚いてしまう。

 大和くんは記憶を手繰(たぐ)るように視線を彷徨わせたあと、小さく笑って頷いた。

「……うん、そんなこともあったね」

 その返答にはっとした。
 手繰ったところで思い当たるはずがないのに、彼はさも思い出したかのような口ぶりだ。

(どういうこと……?)

 もしかして本当にそんなことがあった?
 それにしてはほかのことより反応が鈍かった。

(それなら……わたしの嘘に、咄嗟に乗っかった?)

 眉をひそめたまま大和くんを見つめる。

 曖昧な彼の笑顔は奥まで見通せないほど不透明で、わたしの心に暗い影を落としていった。