「どうして……こういうところに?」

「うーん。一番はやっぱり、あの頃を思い出すからかな」

 大和くんは遠くを眺めるような眼差しでそう答えた。
 “あの頃”と幅広く示しはしたけれど、実際に思い浮かべている場面はきっとひとつだけだ。

『おとなになったら、けっこんしよう』

 あの日もこんなふうに、清々しく晴れ渡った春日和(びより)だった。

 近所の緑地公園へ出かけた昼下がり。
 シロツメクサが花畑みたいに広がっていて、そこに座り込んだわたしたちは、花かんむりと指輪を作って遊んでいたのだ。

 その折だった。
 大和くんと約束を交わしたのは────。

 なぜか、その思い出だけは鮮明だった。

「……懐かしいよね。花かんむりも指輪も、いまだったらもっと上手く作れるかな」

「十分、上手だったよ。できるならずっと取っておきたかった」

「喜んでくれてたもんね。あのときの風ちゃん、本当にお姫さまみたいでかわいかった」

 何気なく言われて、何気なく答えていて、あとから“実感”というものが追いついてきた。
 顔を上げて、彼の横顔を見つめる。

(……やっぱり大和くんだ)

 あの日のこと────約束のことやシロツメクサのことを知っていた。
 お姫さまみたい、なんてあのときと同じことを口にした。

 一身(いっしん)に注いでくれる変わらないひたむきな想いも、てのひら越しに伝わってくる。

(わたし、本当になにを考えてたんだろう)

 彼はもしかしたら大和くんとは別人なんじゃないか、なんて突拍子(とっぴょうし)もない疑惑を、真剣に吟味(ぎんみ)していたことがそもそも間違いだったのかもしれない。

 そう思うくらいに、彼には疑いの余地なんてない。
 だけど、一度芽生えたその違和感を根こそぎ刈りとるほどの説得力まではなかった。

 理屈じゃなく、感覚の問題だ。何かが変だとわたしの直感が言っている。

 言い知れない、そして口にできない、胸の奥のざわめきをどうにか飼い慣らして、平静を保ち続けた。



     ◇



 帰り際、大和くんは「ちょっと待ってて」とわたしをベンチに座らせて姿を消した。

(どこ行ったんだろう?)

 きょろきょろとあたりを見回すものの、まだ彼は見えない。

 だけど、ベンチの脇にも色とりどりの花が咲き誇っていて、それを眺めていれば待つのも苦にならなかった。

 ────のどかな春風を浴びながら目を閉じる。

 数分が経った頃、不意に靴裏が細かな砂利(じゃり)を弾くような音がして、誰かが目の前で立ち止まった気配があった。

「風花」