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 土曜の午前中、身だしなみを整えるといつものようにリボンをつけて家を出た。
 今日は大和くんとの約束の日だ。

 待ち合わせ場所へ着いたとき、彼の姿はまだなかった。
 スマホで時刻を確かめる。少し早かったみたいだ。

 取り出したついでに、暗転した画面を鏡代わりにして前髪を整えていると、不意に声をかけられる。

「風ちゃん、お待たせ」

「……あ、ううん!」

 ぱっと弾かれたように顔を上げると、いつにも増してにこやかな大和くんが立っていた。

 爽やかな雰囲気の私服姿は新鮮でありながらも、どこか馴染んだような気配を漂わせている。
 制服じゃないと、いっそうあの頃のわたしたちに近づく気がした。

「今日、かわいいね」

「えっ。そ、そう……かな?」

「うん、いつもかわいいけど今日は格別。俺とのデート、楽しみにしててくれたんだ?」

「それは……うん」

 はにかむように小さく笑って頷く。

 本質がどうあれ、大和くんと過ごす時間がわたしは好きだった。

 楽しくて、快くて、ストレートに“特別”を実感させてくれる夢心地に浸っていると、甘み以外の余計な味を忘れられる。



     ◇



 バスを降り、大和くんとともに甘い香りで満たされたビニールハウスの中へ足を踏み入れた。
 列をなす緑の葉に赤色が点々と実っている。

「わぁ、すごい! 苺がこんなに……!」

「風ちゃん、いちご狩り初めて?」

 くすりと笑った大和くんに尋ねられ、頷いて答えると彼はいっそう笑みを深めた。

「じゃあついてきて」

 小さな編みかごを片手に、ふたりして葉の列に歩み寄る。
 ()れた真っ赤な苺をひとつ見つけると、彼が足を止めて手招きした。

「これ、持ってみて。優しくね」

「う、うん」

 促されるのに従って、どきどきしながら手を伸ばす。おずおずと苺に触れた。

「そのまま上向けて……」

「こう?」

 実の先端部分を持ち上げつつ首を傾げると、大和くんが「うん」と頷く。

「それで、また優しく引っ張るんだよ」

 そう言ったかと思えば、そっと包み込むようにして手を握られた。

(わ……)

 どき、と心臓が高鳴る。
 距離までいつもより近くて、呼吸の仕方を忘れてしまった。

 直接伝わってくる感触に、体温に、ひたすら動揺しているうちに大和くんが腕を引く。
 ぷち、と茎から苺が離れて手の中に残った。

「分かった?」

 彼が覗き込むようにしてわたしを眺める。
 至近距離でも微塵(みじん)も動じていないようで、浮かべられた微笑みからは普段と変わらない余裕が窺えた。

「……っ」

 一方でそんな余裕なんてないわたしは、速まる心音を自覚しながら、こくこくと頷くのでやっとだった。