「いまの、忘れて。本当に何でもないから。思い出さなくていい」

 惑うような双眸(そうぼう)と切実な口調にただただ困惑する。
 いまの、というのは、祭りみたいだと口にしたことだろうか。

(……何か、やっぱり変)

 ここのところ、悠真の態度は明らかに以前とちがっていた。
 その真意を掴むことも測ることも叶わない。

(あの夏祭りの日、何があったっけ……)

 10年近く前の日のことだ。
 記憶は()せて、不鮮明で断片的だった。

 火事に巻き込まれた、という事実のインパクトが大きくて、ほかの出来事が頭から抜け落ちているのかもしれない。
 あるいは、それは大怪我を負ったわたしの防衛本能が働いた結果かも。

『事故があったの、覚えてる?』

 そういえば、彼は以前にもその日のことに触れていた。

『あのとき、おまえと────』

 何かを言いかけていた気がするけれど、結局最後まで聞けずじまいだったのだ。
 聞き直しても、彼には既に取りつく島がなかった。きっといま聞いても同じだろう。

 だけど、なぜか彼はその夏祭りの日にこだわっているみたいだ。

 様子がおかしくなったのと何か関係しているのだろうか?
 思えばそれは、大和くんが現れてからのこと────。

(大和くん……)

 ふと彼に思いを()せると、胸騒ぎが舞い戻ってきた。
 わたしに大和くんとの思い出がほとんどないことも、ずっと引っかかり続けている。

 何かあったのか、と尋ねてくれた悠真の言葉を思い出した。
 そのときは言えなかったけれど、気にかかっていたのは告白やデートのことだけじゃない。

『……でも、そっか。あいつの方から近づいたんだ』

 垣間(かいま)見た、大和くんの一面が頭から離れないままなのだ。

『あーあ、完全にノーマーク。こんなことなら、もっとちゃんと釘刺しておくんだったなぁ』

 あの冷たい瞳ともの言いは“対抗心”の範囲内だったのだろうか。

 頭ごなしに悠真を否定して、あんなふうに(おとし)めるなんて、少し度を越してはいないだろうか。

 幼少期や普段の優しい彼とは別人のようだった。

 ────とはいえ、それが嫉妬から来るものだとあの切なげな表情で言われようものなら、きっとわたしは何も言えない。

「……ねぇ」

 ふっと彼の手が離れていくと、静かにそう呼びかけられた。

「ごめん」

 悠真は再びその言葉を繰り返す。
 けれど、しおらしくはあるものの、今度はどこか吹っ切れているようにも見えた。

「自分のことしか考えてなかった。今日のことは、俺のわがままだ」

 どういう意味だろう?
 また、彼の本心が雲に覆われて遠のいていく。

「わたしは……楽しかったよ」

 今日のこと、つまり悠真とふたりで過ごした時間は、わたしにとっては何にも代えがたい満たされたものだった。

 笑い合って、美味しいものを食べて、手を繋いで歩いて。
 単純かもしれないけれど、純粋に楽しかったのだ。その感情に偽りはない。

 悠真は一瞬、驚いたように目を見張ったあと、ほっとしたように表情を緩めた。

「……でも、リベンジさせて」

「リベンジ?」

「今度はきみの行きたいとこに行こう。また、ふたりで」