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 週末まではあっという間だった。

 あとで着替えるから、なんて言われたから服装には迷わなかったけれど、待ち合わせ場所へ向かうという流れそのものが何だか緊張を高めてくる。

 指定されたところへ着くと、既に悠真の姿があった。
 見慣れない私服姿は何だか新鮮で、つい声をかける前に見つめてしまう。

「ごめん、悠真。待った?」

「別に。俺が早く着きすぎただけ」

 ありがちな会話だな、なんて思わず小さく笑った。

「それで、どこ行くの? 着替えるって……」

 行き先や何をするのかさえ、彼は教えてくれようとしなかった。

 休日ということもあって、辺りは人通りが多く賑わっている。
 観光地の近くだからか、外国人の姿も珍しくない。

「こっち」

 そう先導してくれた彼は、滅多に見せない笑みをたたえていた。
 たったそれだけで、一瞬にして意識のすべてを(さら)われた。



     ◇



(着替えるってそういうことか……!)

 悠真の決めていた行き先はまさしくその観光地だったみたいだ。
 下町情緒(じょうちょ)あふれる参道の両端には屋台が並んでいて、そこら中が活気に満ちている。

 レンタルした着物に袖を通して身だしなみを整えると、何となくどきどきしながら、外で待っている彼の元へ向かった。

 淡い色合いがかわいらしい、レースの着物だ。気持ちまでふわふわしてくる。

「あ……お、お待たせ」

 最初に待ち合わせ場所で合流したときの倍くらい、心臓が激しく打っていた。

 たけど、彼の姿を見た途端に緊張は別のどきどきへと変わる。

 おかしくないかな、どう思うかな、なんて不安は消え去って、思わず息をのんだ。

 着物をまとった悠真をじっと見つめてしまう。
 喉元だとか筋張った腕だとか、普段は気に留めないようなところまで不思議と意識される。

(か────)

 不覚にも見惚れそうなほど、よく似合っていた。

「…………」

 しばらくお互いに視線を交差させたまま、ふたりして言葉をなくしていた。
 周囲の喧騒(けんそう)も遠のいて、彼の存在だけが世界から切り取られる。

「……!」

 ふわ、と穏やかな風に吹かれて我に返った。
 誤魔化すように視線を彷徨わせ、忘れていた瞬きを繰り返す。

「……なに、見つめすぎ」

「そ、そっちこそ」

 どうにかいつも通りに返したものの、わたしたちだけじゃなく状況までもが“いつも通り”とはかけ離れているせいで、どうしたって心が落ち着かなかった。