顔色を変えた悠真が、ぴた、と不意に足を止める。

「……だめ」

「え?」

「行かないで」

 向けられた眼差しはあまりに切実で、図らずも動揺してしまう。
 傾いた日が射して、彼の輪郭(りんかく)は淡く染まっていた。

「ど、どうして……?」

 こんな悠真の表情は初めて見た。
 狼狽えながらどうにか言葉を絞り出す。

「それは……」

 反射的に返そうと口を開いた悠真は、けれど、その先に続く何かを飲み込んでしまった。
 勢いを(しぼ)ませたように口端を結び、目を伏せる。

「……どうしても行く?」

「えっと……うん」

 つい躊躇(ためら)いはしたものの、時間をかけたところで結局その答えを変える気はなかった。

 もう大和くんを傷つけたくないし、悲しませたくもない。そう思っているのも本心だ。
 だから、なるべく彼の意には添いたい。

 いずれ近いうちに、大和くんの想いには応じることになるのだと思う。
 それがわたしのあるべき姿で、彼の望むところだから。

 “運命”を軸にした初恋のシナリオは、10年前からずっと、わたしと大和くんを中心に進み続けている────。

「じゃあ、俺ともどっか出かけよう」

 ぼんやりと(ふけ)っていた思考が弾けて割れた。
 喉元から「へっ?」と()頓狂(とんきょう)な声がこぼれる。

「なに……。ど、どういう……?」

「デート、しよ」

 控えめだけれど退く気もないようで、悠真ははっきりとそう続けた。
 跳ねた心臓が痺れ、体温が上がっていく。

「今週末、空いてるよね。……嫌とは言わせないから」

 照れたように顔を背け、彼は先にすたすたと歩き出してしまう。
 色白の頬は赤く染まっていて、そのことに気づいたわたしまで照れくさくなってくる。

(ま、まさか悠真とデートする日が来るなんて……)

 それも、大和くんよりも先に、だ。
 もちろん嫌なはずがないけれど、ただただ戸惑いばかりが存在を増していった。

 どきどきと高鳴る鼓動は、痛いくらいなのに甘い響きをしていた。
 彼を見つめたまま目を逸らせない。

『……少しでも長く一緒にいたいから』

『誰にでも優しいわけじゃないよ』

 意味ありげな言葉の数々が頭をよぎった。

『ねぇ、風ちゃん。越智ってやっぱりきみのことが好きなんじゃないのかな』

 そんな大和くんの言葉まで蘇ってくる。
 身体中を一気に熱が駆け巡ると、わずかに指先が震えた。

(もしかして、本当に……?)