「ちょっと聞きたいことあるんだけど。昨日、紫己くんとスタフでお茶してたって本当?」

 次の日、校門をくぐってすぐ。
 朝から女子の先輩3人に、時計台の下まで手招きをされた。
 目の前で腕を組んでいるこの美人さん。どっかで見たことがあるような……。
 ああ、転入前日! この場所で、しーちゃんを遊びに誘っていた人だ。

「むりやり連れてったの? それとも泣き落とし?」
「紫己くんって誰が声をかけても、ぜんぜんのってくれない人なのに。2年女子とお茶するなんておかしくない?」
「あなた、紫己くんの追っかけなんだよね。強引なのって迷惑だと思うよ」

 美人さん達は私を囲んで、忠告とばかりに言葉を投げてくる。
 声は柔らかいけど、目は少しも笑ってない。うーん、逆に怖い。
 これは何も反論せず、お姉様たちがスッキリ文句を言い終わるまで待った方がいいんだよね?
 そう耳だけ閉じようと思ったんだけど――

「このままだとあなたのせいで、A組の応援タップ、みんなが外しちゃうよ?」

 そう敵意のにじんだ顔で言われて、聞き流せなくなった。

「タップを外すって……。一度つけたパタパタを取り消すって事ですか?」
「うん、もう3年女子はみんなやってるよ。だって紫己くんが誰か1人を特別扱いするなんて、悲しいでしょう?」
「だからって……」

 もちろん、あの応援システムは生徒の自由だって聞いてる。イベントを盛り上げるオマケだって。
 でもそれで、『キング』とか『ナイト』っていう称号が決まるんだよね?
 あんなに、すばる先輩が頑張ってるのに。集めたタップ数を、私のせいで失うなんて申し訳ない。

「体育祭はE組の方が優勢だし、パタパタが減ると紫己くんは困っちゃうんじゃないの?」
「だからあなたも本当のファンなら、わきまえるべきだと思うけど」
「……」

 私は何も言えなくなる。



「あー、お前ら。そのへんにしとけよ」

 そんな時、後ろから黒崎先輩が現れた。
 美人さん達に冷ややかな目を向けながら、私の肩を自分のほうへギュッと抱きよせる。

「こいつとスタフっていう話なら、昨日はオレも一緒にいたぜ? で、E組の応援タップもわざわざ外す?」

 黒崎先輩の怒気をはらんだ声。いつもは怖いはずなのに、今日にかぎっては逞しくさえ感じる。

 女子の先輩方はバツ悪そうに、その場を足早に去っていった。
 黒崎先輩とふたりきりになって、私はペコリとお辞儀をする。

「ありがとうございました。どう答えていいか分からなかったので、ああ言ってくれて助かりました」
「オレとしては、A組のパタパタが減ったほうが有難かったんだけどな。まー、芹七がらみで数字変動したっていうのも癪だし。何よりフェアーじゃねーと思って」

 体育祭で得点をあげて、【OQu(オーキュー)】の応援タップ数で競って。どちらも勝利して初めて、『キング』なんだよね?
 黒崎先輩のE組は「打倒A組!!」を強くかかげているし、みんなのためにも絶対に今回は勝ちたいはずだろうけど。
 勝負は正々堂々とっていう、黒崎先輩のこういうところ、やっぱりスポーツマンなんだなって尊敬する。

「あのさ、昨日もちょっと聞いたけど。次の体育祭、芹七がクイーンをやるってマジか?」

 そっか。隠す必要はないって言われてるけど、みんなには当日まで特に知らされないんだっけ。

「はい。私なんかがって恐れ多いですけど、引き受けちゃいました」
「勝ったチームの代表メンバーにその……。アレ(・・)、するの知ってんだよな?」
「ええっとぉ、ほっぺにキスですよね? 一応。それも了承済みです」

 改めて言葉にすると、何だか恥ずかしい。
 こんなんでみんなの前でチュッなんて、できるのかなぁ。っていうかその前に、嫌がられたらどうしよう。

「じゃあ、オレがぜってー優勝台に立つ。天海になんかさせねーから」
「え? ああ、はい」

 黒崎先輩、すごい気合い入ってる。
 目がなんか真剣だ。
 やっぱりしーちゃんのいるA組を、そうとうライバル視してるみたい。

「私も全力で戦います。お互い頑張りましょうね」

 両手をグーにして負けじと気合をいれると、黒崎先輩はどこか力なく笑った。

「……お前。オレが今言った言葉の意味、ぜんっぜん理解してねーな」



 朝の読書タイムを知らせる鐘が鳴った。

「あ、急ぎましょう!」

 時計台の時刻を確認して、地面を蹴る。

「待て、芹七! お前にいっこ聞きたいことがある!」

 黒崎先輩に引きとめられて、私はもう一度向き直った。
 先輩は視線をいったん外して、覚悟を決めたようにグッと唇をかんでから、こちらを真っすぐに見る。

「なあ、もしかしてお前って。『天海のファン』っていうの嘘なんじゃねーの?」

 思いがけない一言に、肩がビクッと跳ねた。

「ずっと、何か違うんじゃねーかとは思ってたんだけど。昨日のスタフでのお前を見てて、確信に変わったっつーか」

 幼なじみだって、バレちゃった?
 心臓がドクンっと鳴る。

「芹七って『天海のファン』とかじゃなく――」

 うん……実は……

「アイツのこと本気で『男として好き』なんじゃねーの?」

 ん? オトコとして スキ??

「エェーー!?」

 緊張して喉が貼りついてたせいか、干からびたような悲鳴をあげてしまった。
 びっくり!

「ど、どうしてそんなふうに思ったんですか?」

 自分でもよく分からない昨日の気持ちが、黒崎先輩からはどう見えたのか知りたい。

「いや、ファンの奴らっていつもギラギラしてるんだけど。お前の天海を見る目は、やけに穏やかっていうか。切ないっていうか」
「うんうん、それで?」
「あいつがケーキでファンサした時も、キャーキャー騒ぐでもなく。ただ嬉しそうに受けとめてたし」
「そ……なんだ。私って」
「うん、そう。ぶっちゃけると、すげー可愛かった。天海を見つめる芹七」

 黒崎先輩はまぶしい何かを思い出すように、ゆっくりと瞬きをした。
 へ? 黒崎先輩がそんな優しいことを言うなんて……。私ってば、どんなふうにしーちゃんを見てたんだろう。
 犬っぽいとか、赤ちゃんみたいとか。そんな感じ?
 とたんに恥ずかしくなって、熱くなった頬を両手で覆い隠す。
 私の反応に黒崎先輩はハッとした様子で、すぐにいつものつり目になった。

「だから! オレが言いたいのは、天海はやめとけってこと!」
「……どーしてですか?」
「あいつがどんだけモテるか、何人の女達が狙ってるか。お前だって知ってんだろ?」

 う、うん……。どんどんパワーアップしてるのにも気づいてるけど。

「さっきみたいな解せない事だって今後も起こりえるだろうし。天海がたった1人の女に熱くなるとこなんて、これまでからしたら想像できねーじゃん」

 そうなの……かな?

「手に入らねーって分かってるものを好きになっても、芹七が傷つくだけだぜ」
「……」

 そんなことないよって、反論したかったけど。
 私は恋をしたことがないし、しーちゃんの恋も知らない。
 だから黒崎先輩の言葉を、ただ静かに聞いていることしかできなかった。

 たしかに私はしーちゃんのことが大好き。
 だけど『幼なじみの好き』と『男として好き』って、何が違うんだろう。