体育祭は5月の半ばにある大きなイベント。
 AからEまである5クラスを、学年を混ぜて縦割りにして、合計得点を競うんだって。
 私たちはAチーム。カラーは赤。
 リーダーはもちろん3年A組の3人。
 しーちゃん、御幸くん、すばる先輩だ。

 今日からさっそく、3年生を中心としたリレーや応援合戦の合同練習が始まった。
 5時間目のグラウンド。
 1、2年生は女子も男子もみんな、憧れの先輩たちと熱を共有できることにワクワクしている。


「体育祭の勝利に必要なのは、戦略と戦術と後方支援だ。3学年全員で力を合わていくぞ!」

 団長の御幸くんがそう喝をいれると、大きな拍手と気合いの入った歓声がわきおこった。

「応援タップも忘れないでね! 今回のイベントもオレ達が『キング』の栄冠を手にするよ~」

 すばる先輩がひらひら手を振ると、女の子達からは黄色い声があがる。

 しーちゃんはっていうと……
 特に何か目立つことを言うわけでもなく、2人の横で競技の指示を出したり、荷物を運んだり。
 いつもと変わらないクールな表情で、自分の仕事を淡々とこなしている。
 でも不思議と、誰よりも注目を集めてる気がするの。
 キレイな顔、長い手足。そこに立っているだけでオーラがすごい。

 知らず知らずのうちに視線が吸いとられると、不意に、しーちゃんと目が合った。
 わわっ。見惚れてるのバレちゃった?
 でもすぐに、あからさまに目を逸らされる。
 いつもなら目を細めて、からかうように笑ってくれるのに。
 ああ、そっか。これが他人のふり。
 協力してくれるのはうれしいけど、やっぱり少し寂しいかもね。
 

 ☆★☆


「セリちゃん、聞いたよ。なんか面白いことになってるんだって?」

 休憩中に1人でお水を飲んでいたら、御幸くんが声をかけてきてくれた。

「紫己とは他人でガチファンで?――って。ぷぷっ。あいつ、ここんとこずっと不機嫌なんだよ」

 学校内で唯一、私としーちゃんの関係を知っている御幸くん。
 この状況を遠くから見ていると、私たちの動きがおかしくてたまらないみたい。

「ごめんね。御幸くんまで、複雑な状況に巻きこんじゃって」
「俺は喜んで付き合うよ。だって何か興味深い。紫己のポーカーフェイスを、セリちゃんがどれだけ崩せるのか」
「あはっ」

 マジメで優しそうに見えて、けっこうイイ性格してるんだよね。御幸くんって。

「あれ? 御幸と芹七ちゃんって知り合いなの?」

 女の子に囲まれていたすばる先輩が、輪から抜けだして近づいてきた。

「小学校の時に塾が一緒だったんだ。久しぶりの再会ってやつ」
「へぇ~、じゃあシキともちょっとは、面識あったのか。な~る。だから転校してきちゃうほど、古参ファンなんだね」

 すばる先輩が妙に納得したカオでうなずく。
 私と御幸くんはこっそり目を合わせて、思わず口元をゆるませた。

「あ、じゃあさ! これも何かの縁だし、今回の『クイーン』は芹七ちゃんに頼めば?」

 ポンッと手を叩き、すばる先輩が笑顔を見せる。
 クイーン? そういえば御幸くんも、初日にそんなこと言ってたな。
 たしか優勝チームにメダルをかける役の、女の子のことだよね?

「ああ。俺もそう考えたんだけど」
「でしょ? こんだけ可愛いし、一途で行動力あるし。編入試験をパスしたってことは頭もいいんでしょ? うってつけじゃん!」
「まあ、セリちゃんなら。他の生徒も納得するんだろうけど。しかし……」
「しかし?」
「紫己がな……」
 
 御幸くんが言い淀むと、すばる先輩が表情を歪ませて大げさにため息をつく。

「どうせシキは今回も、オレ達にクイーンなんて必要ないとか言うんでしょ。あ~もう、そんなのつまんないよ! せっかくキングに権利があるのに、イベントの華を誰も選ばないなんてさ」
「俺もそうは言ったんだけど」

 御幸くんは眉をよせて苦笑い。しーちゃんとすばる先輩の板挟みになって困っている。
 どうやら『クイーン』は栄誉ある役で、前回のイベントの勝者によって推薦されるみたい。
 何でしーちゃんが嫌がるのかは、分からないけど……。

「私でいいんなら、やりますよ?」

 そんな重要な役、務まるのか不安だけど。
 みんなの為に何かできることがあるなら、お手伝いしたいって思った。

「やったね~!! じゃあ、今回の体育祭のクイーンは、芹七ちゃんで決まり!」

「ダメだ」

 しーちゃんが背後から現れて、すばる先輩の頭をグイッと上から押しつける。

「何を騒いでるかと思えば。僕たちにクイーンはいらないって言ったよね? 絶対にやらせないよ」

 しーちゃん、ご機嫌悪い。
 よっぽどクイーンが……ううん。私がやるのが嫌なのかな?
 私みたいなお子ちゃまには、女王なんて称号、似合わないって思ってるのかな?

「え~何で? オレは芹七ちゃんが気に入った! 御幸だって知り合いみたいだし。この子がいい!」
「今の状況で彼女をクイーンなんかにしたら、僕も彼女も噂の的になる。これ以上、騒がれるのは迷惑なんだよ」
「相変わらず塩だな~。いくらこの子がお前の押しかけファンだからって、そんな冷たくすることなくね?」

 すばる先輩が私の肩を抱きよせ、子供をなぐさめるみたいに頭をなでる。
 しーちゃんのこめかみが、ピクッと引きつったような気がした。
 まずい。ケンカになっちゃう!?

「あ、あの! し……紫己先輩、私ちゃんと責任もって引き受けますんで」
「はぁ? ちょっと勝手に……」
「はい、これで決まり~!」

 すばる先輩がわざと勝ち誇ったように叫んだ。

「そんなにイヤならさ。クイーンからのキス、シキだけ回避すればいいじゃん?」

 き……キス? えぇ!? どういうこと??
 自分の耳を疑って、目をぱちぱちさせる。
 しーちゃんは「だから言ったでしょ」とでも言いたげに、ジト目で睨み返してきた。
 私は助けを求めるように、隣にいた御幸くんに視線をうつす。

「あ~、ごめん。セリちゃんに説明してなかったかも、クイーンからのご褒美ってやつ」

 ご褒美……うん。初耳。

「メダルをかけてあげた後、イベントの勝者にキスをするのが、秀麗の伝統なんだ」


 ☆★☆


 練習が終わり、つかった道具を体育倉庫に片づけにいく。
 ストップウォッチとゼッケンは、あの箱にしまえばいいのかな?
 背伸びをして頭上の棚を探っていると、後ろからスッとしーちゃんがあらわれて、何も言わずに箱を下ろしてくれた。 

「しーちゃ……紫己先輩、ありがとうございます」

 またいつもの癖で呼びそうになって、かしこまって言い直す。
 でも気づいたら2人きり。
 しーちゃんは箱を持った手に視線をおとしたまま、ぽつりと口を開いた。

「ねぇ、どうして僕があんなに止めたのに。安易に引きうけちゃうわけ?」

 クイーンが決まったこと、しーちゃんはどうしても納得できないみたい。
 みんなの前で勝利のキスをされるなんて、やっぱり恥ずかしのかなぁ。

「しーちゃんは私にキスされるの、そんなにイヤ?」
「そうじゃなくて。セリこそ……。知らない奴とするなんて、嫌じゃないの?」
「う~ん、ほっぺだし。他には、御幸くんとすばる先輩だけだし」
「あー、やっぱ何にも考えてない。もしA組が勝てなかったら、セリは初対面の男にキスすることになるんだよ?」

 へ? しーちゃん達が負けるなんて頭になかった。だってキングだもん。
 でも、そっか。他のチームが勝っちゃったら、その代表メンバーにキスすることになるんだ。
 それはたしかに恥ずかしいし、相手の男の子だって困っちゃうかも。

「だ、大丈夫! ぜったいにA組が勝つに決まってるよ! ね?」
「去年の優勝はE組。イベントでは唯一、体育祭だけ3-Eに負けてるんだよ。あっちには運動部のエースが集まってるから」
「ひ~」

 思わず、変な声がでてしまった。 
 そんな時、バタバタと誰かが走ってくる音がする。

天海(あまみ)! こんなとこにいたのかよ!!」

 倉庫のドアをばーんと叩いて、勢いよく駆けこんできた男の子。
 こんなに乱暴な声を聞いたのは、この学園にきて初めて。……ちょっとびっくりしちゃった。

「てめー。さっきのリレー、最後かるく流してわざと負けただろ?」

 しーちゃんに対して明らかな敵意を向けているのは、ジャージの色から見て3年生。
 グリーンメッシュの髪に、気の強そうな猫みたいなつり目。健康的な小麦色の肌。
 たぶんすごくカッコイイ人、なんだろうけど。
 整った顔をしてるなぁとか、筋肉質な体形がステキだなぁって思うより前に。恐い! が先行して、ついビクビクしちゃう。
 しーちゃんがさりげなく私を、自分の後ろに隠す。

「ただのコース取りで、なに言ってるの。勝つも負けるもないでしょ」

 しーちゃんは冷静に返したけど、それがまた相手の癪にさわったみたい。

「ほんっと、お前のそういう余裕なとこムカつくな! 次はぜってー負けねえ! オレらE組が勝つ!」

 うわっ。もしかしてこの怖い人が、3-Eのリーダーかな。
 でもってA組の、因縁のライバルだったりするの?

「ったく。ちょっと顔が良くて背が高いからって、イキってんじゃねーぞ! A組はこれだから気に入らねーんだよ。いつも女子どもに囲まれてチャラチャラしやがって」

 んん? 女子って……しーちゃんがモテるのが気に入らないの?
 それって勝負うんぬん関係なく、ただの言いがかりじゃない。なんか、頭くるっ!

「悔しかったらあなたも、真似してみたらどうですか? 紫己先輩はぜんぜん、チャラチャラなんかしてませんけど」

 黙っていられず、思わず身をのりだして文句を言ってしまった。

「あぁ? 誰だ、その女?」

 やばい。
 私を睨みつけながら、彼が一歩前に出る。
 同時に、しーちゃんが再び私を背に隠した。

「黒崎、女の子相手にすごむなよ。こっちは片づけが残ってるから、気がすんだならもう行けって」

「……っ」

 チッと舌打ちをして、怖い人はしぶしぶといった感じで踵を返す。

「体育祭、マジでやってやるからな。で、次はオレらがキングだ」

 そう捨て台詞をはいて――。



「しーちゃん……今の先輩って……」

 彼が立ち去って、私は恐る恐るたずねる。

「E組のリーダー、黒崎綾人(くろさきあやと)。僕のことが気に食わないらしく、入学してからずっとあんな調子で突っかかって来るんだよ」
「あんな怖そうな人が秀麗にいるんだぁ。っていうか、あれ? E組って体育祭の優勝候補って言ってたような……」
「そう。連覇を狙って、みんな熱くなってる」

 ってことは。クイーンの私は、あの人にキスするかもしれないの!?

「……あはは。どうしよう、しーちゃん」
「だから、ダメだって言ったのに。セリは次から次へと、頭痛の種をもってくるんだから」

 しーちゃんがそう言って、頭を抱えたのは言うまでもない。