月のない暗い夜を、静かに急ぐ。
ふと顔を上げると、ただただ広い芝生の上に、人影が見えた。
暗くてよく見えないけど、誰だろう。
二人いる。
私は駆け足でそこに近づく。
男女の二人組だ。
男の人は、もしかしてランデル? 
王太子の正装である真っ白な礼服を着て、白金の髪がピタリと整えられている。
パーティーを抜けだし、ここで婚約者となる女性と会ってる? 
王太子礼と同時に、婚約が発表されるという噂がある。
とたんに胸がズキリと痛んだ。
だとしたら、私が邪魔してはいけない。
見てはいけないと思いながらも、どうしても視線は相手の姿を追ってしまう。
それにしても、高貴な貴族令嬢であるはずの女性のドレスが、あまりにも質素だ。
頭に頭巾を被っているのは、まるで私みたい。
もしかしたらお忍びってこと? 
東屋のテント裏で、何かがキラリと光った。
剣を構える男たちが、複数人そこに潜んでいる。

「ランデル、危ない!」

 そう叫んだ瞬間、兵士たちが一斉にランデルと女性に向かって斬りかかった。

「くそっ。邪魔しやがって!」

 その兵士のうちの一人が、私に剣を振り上げた。

「きゃあ!」
「マノン!」

 斬りつけられ、倒れた私にランデルが駆け寄る。

「マノン! 大丈夫か、しっかりしろ!」

 傷口を押さえようとしたランデルの背に、密会していた女性本人がナイフを突き立てた。

「くっ……。貴様……」

 ランデルの顔が、苦痛に歪む。

「全く。本当に真面目でいい子ちゃんなんだから。王子もあんたも。こんなバカで不器用なお嬢さん、私も嫌いじゃないけどね」

 ロッテだ。
彼女は被っていた私と同じ深い緑色の頭巾を取り払うと、その場に投げ捨てる。

「王子はやったか?」

 テント裏に潜んでいた5人の兵士のうちの一人が、ロッテにそう声をかけた。

「まだ生きてるでしょ。そのお嬢さんもね。あーぁ。二人ともバッサリ斬られちゃって。これじゃもう動けないわね」

 彼女はスカートの中に隠し持っていた、もう一本のナイフを取り出した。

「二人とも、ここで仲良く死にな」

 そう言ってランデルに短剣を振りかざしたロッテに、兵士が斬りかかった。
ロッテはそれを身軽に避ける。

「ここまでご苦労だったな。ロッテ。死ぬのは二人じゃない。三人だ」
「ちっ。やっぱりそういうことか。これだからお貴族さまってのは、信用ならないんだよ」

 戦闘が始まった。
五人の兵を相手に、ロッテは短剣で互角に戦いを進めている。
胸を斬られ動けない私の手に、白い礼服を血に染めたランデルの手が重なる。

「大丈夫だ、マノン。キミのことは、必ず助ける」

 彼は震える手でポケットから小さな笛を取り出すと、それを吹いた。
高く細い笛の音が、月のない夜空に響き渡る。

「おや。まだ動けたの? さすがだね王子さま」

 ロッテは5人の兵士を一人で斬りつけ倒し終えると、着ていたスカートを腰から引き剥がした。

「じゃあね、お二人さん。これから色々大変だろうけど、頑張って!」

 バサリとそれを脱ぎ捨てると、瞬く間に芝の広間を通り抜け、木に飛び移る。
東屋の屋根に駆け上がると、そこから城壁の向こうへと姿を消した。

「マノン。しっかりしろ。もう大丈夫だ」

 ランデルが私の手を握りしめる。
彼も深手を負っているはずなのに、その手は力強かった。
次第に重くなるまぶたを持ち上げ、彼を見上げる。

「あぁ、よかった。キミが無事なら、それでいい」

 ランデルは残された兵士たちを前に、剣を抜き立ち上がった。

「お前たち、ちゃんと生きているだろうな。これからしばらく、俺に付き合う覚悟をしておけ」

 遠くから、複数の馬が駆けてくる蹄の音が聞こえる。

「ランデル王子! ご無事でございますか!」

 駆けつけた兵士たちが、瞬く間に辺りを取り囲んだ。

「俺は大丈夫だ。早くマノンを……」

 遠のく意識の中で、ふわりと体が浮き上がる。
次に気づいた時は、私はベッドの上だった。