「遅くなっちゃった。」

仕事からの帰り道。




重度の認知症である患者さんを診ていたら、いつもより帰りが遅くなってしまったため母親に連絡をしようとスマホを取り出した。


「…母様、患者さんを診ていたら少し遅くなりました。」

「あらそう。…帰ったら、論文の添削の続きを一緒にしましょうね。今夜は父様も出張から帰ってきていますから。」

「…はい、母様。」


プツリといって電話が切れた。

私は、毎年行われる医師による論文コンテストに論文を応募している。

昨日、今日とほぼ徹夜で母親と添削をしていた。
今日は、残りの何行かの添削だ。

「…あれ…ここ、どこ?」

母親に電話をしてカバンの中にスマホをしまう一瞬のうちに、知らない道に来ていた。
住宅街のような場所だが、見覚えは全く無い。

そもそも、私の住んでいるところはビルの立ち並ぶ都会だ。住宅街など見かけたことがない。




「どうして…」

胸の奥に、感じたことの無いモヤモヤが広がるのを感じた。これが、不安という感情なのだろうか。

「私、どうしちゃったの…早く帰って論文を仕上げないといけないのに…」

頭の中に黒雲が覆いかぶさった。
目の前が真っ白になり、とうとう私はその場にしゃがみこんだ。

「そうだ。マップ。」

私は、スマホアプリにあるマップを開いた。
だが、不思議なことにエラーが発生し、アプリが落ちた。




「…あ、そうだ。なら、」






私は、近くの住宅に助けを求めようと立ち上がった。
1番近くにあった大きな家のインターホンを押した。



「はーい、今行きまーす」




若い女性の声がした。
良かった。これで助かる。住所を言えば、場所を教えてくれるだろう。



「すみませーん、私今すっぴんなのでインターホン越しにお願いしますー」



インターホンの中からそう聞こえた。


「あの、私道に迷ってしまいまして、助けて頂けませんか?」





女性からの応答は無い。やはり無茶だっただろうか。




すると、女性はすぐに話し始めた。










「どちらにお住まいですか?お城の近くですか?」







「え?」

お城?この人は何を言っているんだ。

「いやだから、瑠璃城あるじゃない?あそこのお近くですか?もしお近くなら、主人に頼んで馬車でお送りします。」

私の頭はパンク寸前だった。



疲れているのかもと思い、目を擦る。








再び目を開けると、そこには意味のわからない光景が広がっていた。