9月13日の夜。後藤雷悟は、愛用するバイクに乗り夜風を切って突き進んでいた。
雷悟の好きな数字は13。不吉の象徴だ。世界のあらゆる国々で忌み嫌われる数字である。
自らが総長をつとめるチームの名も「十三夜《サーティーンナイト》」と13の数字を使っている。それに加え、特服にも愛車にも13の数字を刻み、頼れる仲間たちからは「いつか呪われるぞ」と笑われていた。
そんな雷悟が市街地を走っていると、「魔術の館」と旗を掲げた見るからに怪しい雰囲気がただよう謎の店を見つけた。店の大きさはお祭りの屋台ていどで、全体が紫色の布でおおわれていた。
「なんだあれ?」
(おもしろそー!)
その店に目をやった雷悟は首をかしげると、わき出た好奇心にかられ店によった。
布の割れ目から堂々と入ると、布の外からも感じていた怪しさがより強烈に感じられるようになった。
店の中には、またしても謎の人物が横長のテーブルの奥に立っていた。紫色のローブをまとい、にっこり笑顔の白いお面をつけている。男か女かも不明な怪しいを通り越して、もはやホラーといえる。
(なんだこいつ。ゼッテーやべーやつじゃん)
雷悟は、怪しさ半分と好奇心半分の心境で、その人物の目の前に立った。
「なんだよ、この店。せめて仮面はずしな」
雷悟がそういうと、仮面の人物は礼儀正しくお辞儀をし、口を開いた。
「すみません。ワタクシは顔にコンプレックスを抱えていまして、素顔を見せるのは恥ずかしいのです。笑顔で素敵なお面ですから、お許しください」
「その仮面がかえって気味わりぃんだよ。オレじゃなかったら、腰抜かしてんぞ」
「ところで「無視かよ」どのようなご要件で?」
「たまたま見つけたからよっただけだ。何してんだ?」
「ワタクシはポーションの研究をしていました。魔法の薬です」
「いよいよ危ねーじゃねーか」
クールな顔でつっこむ雷悟。仮面の人物はテーブルに置かれていた、たくさんあるポーション入りのガラス瓶のうちの一つを手に取り、雷悟に差し出した。
「これがワタクシの中での最高傑作です。お試しなされますか?」
「これは?」
「魔除けです。今日は〝13の夜 〟ですから」
13の夜。その言葉を聞いただけで、雷悟は身震いした。そうか、それで魔除けかと。
「でももう夜だぜ? すぐに過ぎちまうよ」
「13の数字はなにも日付だけではないでしょう。バレンタインデーにもらったチョコの数が13個とか、部活動での背番号が13番とか」
「あいにく、どちらも関係ねぇ」
「特攻服に大きな13を付けておいて、よくおっしゃいますね」
奴に言われて気がついた。そういや、オレの周りは13ばかりだ。その全てが雷悟自身の英断によるものだということも。
「そりゃあ、オレは不吉の象徴だからな」
「しかし、不吉の象徴自身が不吉に見舞われてしまっては、示しがつかないでしょう」
(たしかに……)
「お試しですので、お代はいりません。これを飲んで、みんなから尊敬されるような魅力のある不吉の象徴になりませんか?」
人物の口車に乗せられ、雷悟は受け取ったポーションを飲んだ。
目が覚めた。これは、オレの部屋の天井だ。オレは自分の部屋のベッドで眠っていた。枕もとに置かれているスマホにさわれば、日付は9月14日。朝になっていた。昨晩の記憶がまったくない。
「あれ? 昨日、何してたっけ」
何気なく声を出してみて、盛大な違和感を覚えた。「あー」と声を出してみて、並ならねぇ気色悪さを感じた。オレの喉から、小鳥のような高い声が出た。
顔が青ざめ、恐る恐る股に手を伸ばした。瞬間、大地震に見舞われたような大混乱がオレを襲った。
「どうなってんだコレぇ!!!!」
叫ばずにはいられなかった。オレの〝男の命〟が、キレイサッパリなくなっていた。代わりに胸がりんごのようにでっかくふくらんでいた。
それに加えて、身体も小さくなっていた。着ている寝間着も下着も着慣れたやつだが、ずいぶんとぶかぶかだ。
オレはスボンが落ちないように持ちながら部屋から飛び出し、階段を早急にくだり、洗面所にかけこんだ。
鏡を見ると、そこには金髪の女がうつっていた。髪は肩まで伸びていて、なかなかの美人だった。もともとのオレがイケメンだったからだろう。
顔を確認すると、服を全部脱ぎ、風呂場を開けて、ほぼ全身をうつす鏡の前に立ち、全身を確認した。
うん。完全に女だ。しかも、めっちゃ美人で「ボン!キュ、ボン!」のナイスバディ持ち。もともとのオレもナイスバディだったからだろうな。
自分でもほれてしまいそうな絶世の美少女になってしまったオレ。
――で、どうしようこれ。
原因は覚えていないが、昨日の夜に何かあったことは明らかだろう。
オレは毎月13の夜にバイクで走るのがお決まりで、昨日の夜も走っていたはず。そして、13の夜ゆえに不可思議なことが起こって、女になってしまったのだろう。
13は不吉の数字だからな。
この身体になってどうしようかと考えていると、洗面所のドアが少しだけ開いた。
通れるのはネズミくらいの狭い隙間から、ひっそりと覗き見しているやつがいる。すぐに分かった。オレの3つ下の妹だ。
「どうしたんだ?」
オレはそいつに声をかけた。返事なし……かと思えば、しばらく間が空いたあとに、声が聞こえた。
「お兄ちゃん?」
やつにしては大きな声が出た。普通、見知らぬパツキン美女を見てお兄ちゃんだとは思わない。せいぜい兄の交際相手だとか疑うていどだ。夜のベッドで戯れる関係だとか妄想する。
でもうちの妹は、観察力とか、直感力なんかがすぐれているようだから、身体以外の情報で分かったようだ。話し方とかいつもどおりだからな。
「お兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんね。これどーみても女でしょ?」
「え? お兄ちゃん、……女の子になったの?」
「そーみたい。それも、ナイスバディなカワイコちゃんにね」
オレはドアを全開にし、あとずさりする妹にせまった。妹は行き止まりの壁に背中をぴったりくっつけて、あせっていた。
「あたしのかわいい妹ちゃん♡ 何してあげよっか?」
甘い声でそう言って、妹の顔のすぐ近くの壁にうでをつけて、自分の顔をやつの顔に近づけた。
「あっ、あの、お……お姉ちゃん……」
やつの混乱ぶりといったら、あとちょっとで気ぃ失ってしまうところだろう。このままキスしてやってもいいくらいだ。
だが、キスはせず、頭をポンポンするだけにとどめた。
これは面白いと思った。そして、妹よりも面白そうなおもちゃがいるのを思い出した。
……あいつは妹よりもずっと鈍感でバカだから、いいリアクションが期待できそうだ。
今日は学校をサボり、代わりにあいつへの告白とデートのプランを考えた。途中、同じチームの副総長・遠藤京也《えんどうきょうや》から電話がかかってきたが無視した。出たところで声別人になってるし。
――いざ、作戦決行!