揺らいでなんかいない。我が宿命(しゅくめい)(そむ)く真似なんてしない。

 大丈夫! これまでも、意に背く演技も完璧にこなしてきたんだ。今回だって、完璧に演じ切れる!

 昨晩、わっちゃん相手に練習もしたんだ。


 ワタシ、羽月(はねつき)ルミエルは、最強にかわいくて天才な女の子だ!


  ♡ ♡ ♡


 来たる(なべ)パーティー当日。
 
 授業が終わってすぐ、総長たちと一緒に、学園内にあるショッピングストアに寄って、おでんの具材を買う。


「調味料ならある程度そろってるから、あとたまごもあるよ」


 パーティ会場の部屋主である宇左都くんはいう。


「へぇ、宇左都くんって自炊(じすい)するんだね」


 とワタシが言うと、


「料理男子はモテるからねぇ」


 と宇左都くんは少々カッコづけて言った。


「それじゃあ、たまご以外の具を買おう!」

「何にするんだ?」


 上水流くんが尋ねる。


「おでんと言っても変わり種でね。海鮮おでんにしようって思うんだ。タコとかエビとか、お魚とか」

「魚介好きなんだな」


 わっちゃんが好きだからね。でも、それは言わない。……この人の前で、わっちゃんの名前を出すのは危険(きけん)過ぎる。


「具材全部、ルミの好きなやつでいい」


 あれぇ? 昨日のクズ野郎はどこ行ったんだ? わっちゃんを(おど)して泣かせたクズ野郎の片りんも見られない。

 今のこの人は、ただのクールで派手なイケメンだ。


 ――え、怖……。もしかして、二重人格? ワタシみたいに、二つの顔を持っているとか?

 ワタシが言えたことではないが、あの男、腹が見えなくて不気味だ。ワタシが言えたことじゃないけど。

 ワタシの好きなもののオンパレードでいいのなら、魚介類とさといものおでんにしようかな。わっちゃんが好きな魚介類。わっちゃんはいないけど……。


「じゃあ、魚介とさといもがメインのおでんにしよっ!」

 ワタシのこの発言に、宇左都くんと上水流くんは引いた。

「え……それおでんなの?」

「ただの魚介鍋じゃないか?」

「ふふっ。王道は外れてるけど、美味しいんだよ」

「ルミがそう言うなら、それがいい」


 まあ、ワタシの好物じゃねーけどな。タコもさといもも嫌いじゃないが、ワタシの好物として言うほどではない。


 ワタシの好物は、肉系だ。


「俺は、牛すじが食べたいんだが……」


 ドンピシャ、上水流くんが言ってくれた。ワタシがおでんの具で好きなのは、牛すじとウインナーだ。


「おい、テメェ」

「いいよぉ、牛すじ! ワタシも食べたい!」


 苛つく才賀くんをよそに、ワタシは歓喜の声をあげた。
 これで魚介も肉も入ったカオスおでんとなった。


「ボクはもち巾着(きんちゃく)が好きだなぁ!」
「いいねぇ! 入れよう! いれよう!」


 宇左都くんの希望も採用。


「才賀くんは好きな具材はなにかある?」

 一応この人にも尋ねてみた。

「オレは……とくにないな」

「じゃあ、魚介とウインナー追加しますね!」

「魚介好きなんだな」


 わっちゃんがな。

 どうしてワタシは、全く報復(ほうふく)にもならないのに、そこまで好きでもないのに、わっちゃんの好物を集めているんだろう。
 

 多種多様な具材を購入したところで、いざ、宇左都くんの部屋へ!


 ♡ ♡ ♡


 女子が男子寮に入るのは少し肩身が狭いな……なんて思ったけど、意外と女子の姿は多いわけではないが、ちらほら見かけた。

 そのほとんどがカノジョで、カレシと楽しそうにお話していたり、軽いスキンシップをしていたりと、楽しそうだった……。

 
 ワタシと行動を共にする三人の男子たちのどれかに、そんな想いは抱けるかな……。


「ここがボクの部屋だよ〜」


 お邪魔した宇左都くんの部屋は、まるで西洋のお城の一室のような、高級感でいっぱいの部屋だった。


無駄(むだ)な飾りの多い部屋だ」

「さすが、GOLDの総長なだけはある」


 才賀くんと上水流くんも口々に言う。


「……え、GOLDとこの部屋って関係あるの?」


 率直に疑問をぶつけてみると、上水流くんが説明してくれた。


「GOLDは、金持ちの集まりだ。実家や自身の年収の高さがそいつの強さみたいな価値観(かちかん)があってな。……学園で最も高い資産(しさん)を持っているのが、金見だ」


 ワタシは驚いて宇左都くんを見た。
 え……そんな金持ちなの?


「家の資産とボクの資産を合わせたら、兆を超えるんじゃないかな?」


 ちょ……兆!? 兆だって!?


 ――彼の家に(とつ)いだら、一生贅沢(ぜいたく)して暮らせるな。彼、ワタシにかなり気があるみたいだし。


 ……あぁ、いかんいかん! 完璧美少女がなんてふしだらなことを……!

 
 宇左都くんは、買ってきた食材をキッチンに持っていく。


「さっ、始めよっか」


 ワタシもキッチンへ行く。

 しっかし、こんな西洋のお城みたいな部屋で作る料理がおでんとは……場違いにもほどがある。


「じゃあ、ルミ、おでん楽しみにしてるな」


 上水流くんはそう言って、リビングのソファに座って本を読みだした。彼に本の組み合わせは様になる……。

 才賀くんもその隣に座り、こちらを睨んでいる。


「金見、オレはルミの手料理が食べたいと言ったんだ。どうしてお前が(となり)に立ってんだ」

 
 ……なんて、身勝手な一言だ……。


「手伝ってるだけだよ。一緒に作った方が、早く進んで早く食べられるじゃん」


 宇左都くんがおありがたいことを言ってくれた。


「そうだな。腹減ったから、なるべく早く食べたい」


 狭間でのんきそうに読書をしている上水流くんも続けて言った。
 
 才賀くんは、それでもまだ不満顔だ。


「さいちゃん。そーやって、ルミを孤立させようとするの、マジでよくないと思うよ」


 宇左都くんのこの言葉を聞いて、ワタシは無意識に歯を食いしばった。

 湧き上がる、炎に似た熱苦しい感情を必死に堪えた。


 ――それであいつは、わっちゃんをひどい目にあわせたのか……。


「ルミ」


 ……はっ!


「――宇左都くん。ごめん! ちょっと、ぼーっとしてた」

「仕方ないよ。具材、切るやつ切ろっか」

「うん!」


 宇左都くんの優しさに、笑顔を取り戻すことができた。

 具材を切って、鍋にいれて、コトコト煮込むと……。


「完成ー!」


 魚介類多めのわっちゃんが好きそうな海鮮(かいせん)おでんができあがった。肉類もあるけど。

 わっちゃんが用意してくれたメモ書きを見る間もなく、その前に宇左都くんに教えてもらったので、無事にイイ感じにできあがった。

「いぇーい!」
「……いいぇい」

 ぱちん!

 宇左都くんとハイタッチをした。背後からの重圧的な視線にビクビク震えた。

 煮込(にこ)みが完了するのを待つ前に、上水流くんと才賀くんが食器や飲み物を用意してくれたので、鍋を洋風の超豪華(ごうか)な食卓に()いてすぐに食事に移ることができた。


「いただきまーす!」


 先に食べる分全部をお皿にのせて、それから食べ始めた。

 前にわっちゃんと食べたときは、最初っからお皿に盛り付けられていたなー。

 イチバンに手をつけたのは、タコあしだ。他と一線を()独特(どくとく)なフォルムに目がいった。

 ぐるぐるとソフトクリームのような渦を巻くやつを(はし)でつかんで、ぐるぐるの部分を口に入れて、まじめにそしゃくする。

 本当は箸でぶっ刺して、ぐるぐるをまっすぐに矯正(きょうせい)して、遊びながら食べたいというヨコシマな気持ちがあるけれど。完璧美少女はそんなこと絶対にしない。

 タコ以外の具材には、遊びたい欲も湧かないから、余裕で完璧(かんぺき)美少女でいられる。


「ルミ、からしはいらないの?」


 宇左都くんが横から言ってきた。


「いらない。わたしはナチュラル派だから」


 はむ。


 この答えが正しいのか分からないけれど、不要(ふよう)なものを無理して甘んずるのはしたくない。ことさら、食事に関しては。


「なんだそれ」


 上水流くんがツッコんだ。


「んーとぉ、素の味を楽しみたいってこと。せいぜい塩くらいだよ」

「じゃあ、塩取って来ようか?」

「いいよ、汁の味で十分だから」


 ありがとうね。と気遣(きづか)ってくれた宇左都くんに笑顔を見せた。
 宇左都くんは、ほほを赤く染めて笑った。


「ルミ、欲しいものがあったら言って。お金で買えるものなら、なんでも買ってあげるから!」

「自ら金づる宣言かよ」

「ルミのお財布になれるなら本望だよ」


 学園一のお金持ちが、ワタシのお財布になった。……すごいことだなぁ。


「……あはは」

 
 堂々と喜ぶのもイヤらしいから、乾いた笑いをしておいた。そして、ちくわをぱく。

 ……美味しい。わっちゃんが好き好んで食べる練り物。ワタシは……普通だ。
 
 それから牛すじに、ウインナー、比較的ワタシが好きなもの! ワタシは肉派だ。


「あれ、ルミもしかして、お肉の方が好き?」


 ワタシをじっと見ていた宇左都くんが言った。

 ……バレちまった。これだから(かん)のいいガキは……。

「うん、どちらかと言えばお肉派かな」
 どちらかと言わずともワタシは肉が好きだ。

 これに上水流くんが呆れて聞いてきた。

「それなら、なんで魚介をメインにしたんだ」

 返答に困った。


「えーっとぉ、それはですねぇ……」


 べつに言ったって(かま)わない。けれど、またわっちゃんに危害が(およ)んでしまうかもしれなくて、口が(こば)んでしまう。
 ワタシはジロっと、わっちゃんに危害を加えた張本人を見た。クールぶってて基本無口だ。

「そんなに言いづらいことなのか?」


 上水流くんがツッコんできた。うぅ……そりゃそうだ。だって、大事なわっちゃんがまた危険な目にあうかもしれないから。


「う、ううん。魚系も好きなんだよ。お弁当にもよく入ってて美味しいから」


 これなら大丈夫。わっちゃんの名前は出てきてない。


「それはつまり、和女が好きだからってことか?」


 バ、バレたっ……!
 てっ、てか、それはどういう解釈をすれば……。
 ワタシに都合のいい解釈しよっか。
 

「そうそう! わっちゃんって、海の幸が大好きなの! なんでも、前世はマーメイドだったらしいよ」


 宇左都くんはふふっと笑った。


「マーメイドって本当? 和女ちゃんって、面白いこと言うんだね。意外だよ」

「そうなの。わっちゃんって、本当はとっても面白い子なんだよ」


 ……あぁ、ツラいなぁ。本当のことを言えないなんて。

 だけど、もしワタシがわっちゃんを好きだって言ったら、才賀くんだけじゃなくて、上水流くんも宇左都くんもわっちゃんを敵視して、またわっちゃんが危ない目に……。

 わっちゃんに怖い思いはさせたくない。

 でも、「好きじゃない」って嘘もつきたくなかった。

「普通」だとも「ただの友達」だとも言いたくない。

 ワタシはわっちゃんが大好きだ。


「ルミ」


 ワタシの名を呼んだのは才賀くんだ。

「お前は黒地のことが好きなのか?」

 ワタシは顔をしかめた。こいつ絶対わっちゃんに危害くわえる……。 


『ルミィはテメェの女じゃねーよ! ルミィはルミィだ!!』


 わっちゃんはわたしのために、勇気を振り絞って叫んでくれた。手足も喉も、すくんでしまうくらいに怖かったはずなのに。――だから、今度はワタシが……。
 

「うん。好きだよ」


 はっきりと表明した。
 三人とも目を見開いて驚いた。


「だから、わっちゃんを怖がらせるようなことはしないで」


 ワタシは強く言った。


「もし次、わっちゃんを(おど)すようなマネしたら……」

 
 ワタシはおでんのたまごを箸でぶっ刺して、丸ごと口の中へぶち込む。そして口の中にある大きな楕円(だえん)を豪快に()み崩す。

 崩れたたまごを飲み込んだあとで口を開けた。


「テメェらの族、まるごと潰すぞ」


 三人は驚きを通り越して、唖然(あぜん)としていた。
 ワタシは残りのおでんをバクバク食べて完食し、そそくさと帰った。