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 逃げた先は、緑化委員会(りょっかいいんかい)の教室。FORESTの根城だ。

 中に入ると、大きく段差のある畳スペースに上がり、黒板(こくばん)のすぐ手前にある緑色のソファの上に降ろされた。
 どうして学校の教室にそんなスペースがあるのか不思議(ふしぎ)だが、今のわたしにはどうでもいいことだ。

 ()え尽きたわたしは、真っ白な灰となって、動けなかった。
 

「わっちゃん!」


 ルミィが(たたみ)の上にあがって、わたしのかたわらに座った。


「ルミィ……」


 ダメだ。本当に力が尽きて、起き上がれない。
 ルミィは、わたしの頭の背後に移動し、―― 頭を(ひざ)の上にのせた。


「ありがとぉ、わっちゃん。 ありがとう」

 
 ルミィはやさしい声でそう言って、横向きになっているわたしの頭をやさしくなでた。
 まさか、聞かれていたなんてな……。決まりが悪い。


「和女」


 葉もわたしの頭の近くに座った。


「よく言った! カッコよかったぞ!」


 そういって葉も、わたしの頭をなでていつもの笑顔を見せた。
 なんだかわたし、二人の子どもみたいだ。
 でも、それが引き金になったらしい。


 安心しきったわたしの目から、涙がぼろぼろ(こぼ)れてきた。

 わたしは葉の手をどかし、起き上がって、この部屋を後にする。


「助けてくれてありがとう」
 
 
  しかしルミィは、わたしをぎゅうと抱きしめて(はな)さない。


「待ってよ、わっちゃん」

「SOLARに見つかったら、もっと大変なことになるかもしんないから、しばらくここにいて」


 葉の説得を聞いて、わたしは動きを止めた。


「わっちゃん」


 ルミィを見ると、ソファに反対向きに座って「ここに座れ」とアピって来ている。

 指示通りに座ってやった。ルミィとおんなじ向きに。


「ちがうちがう! 逆だよ」

「人前でそれは無理だよ」

「もう、いいや」


 観念(かんねん)したルミィは、後ろからぎゅっとわたしを抱きしめた。
 柔らかくて……あたたかい。


「……わっちゃんは、とっても強くて、とってもやさしい子だね」


 ルミィはわたしの耳元でささやいた。愛情(あいじょう)(あふ)れたやさしい声と言葉とぬくもりが、さらにお涙を頂戴(ちょうだい)する。

 さっきまでの恐怖が(うそ)のよう……。

 わたしは体の向きを横に変え、ルミィの胸元にほほを()せて、涙を流した。

 まるで、母に甘える幼子のように。


「はーい。みんな〜座って〜、総長に注目〜」


 (よう)と一緒に救出(きゅうしゅつ)に来てくれたイケメン女子が、いつの間にか集まっていたFORESTのメンバーたちに呼びかける。

 葉はソファに座っていた。

 ……彼女ってもしかして……。

 わたしは葉とはよくつるむ(というか葉の方からつるんでくる)が、FORESTの内情は全く知らない。葉は何も話さない。

 葉は事のあらましを皆に簡潔(かんけつ)に伝えた。


「ワケあってSOLARの根城に攻め入って、ちょっとした騒動を起こしちゃったから、

 この先奴らに(カタキ)にされるかもしれない。

 すまないが、用心してくれ」


 葉の言葉に、イケメン女子が口を開いた。


「いいや、悪いのは葉じゃねぇ。奴らが先に手ェ出してきた。ウチらの姫を怖い目にあわせたんだ。致し方ねぇ」


 ひ、姫!? わたしが!?

 葉は「ありがとう」と笑顔を見せると、今度はルミィを見て尋ねた。


「ルミィ、明日の鍋パーティーは行くの?」


 聞かれてルミィは「ギクッ」と慌てた。


「あ……え……えっとぉ〜、……行こうかな。才賀くんだけじゃないし」


 ルミィは、しどろもどろながらも答えた。


「そう。べつに、悪くいうつもりはないんだけどさ、今回の事件でギクシャクしたパーティーになりそうだなって。
 まあ、ルミには関係ないことだし、ルミのことを溺愛する三人が、好きな人の前で野暮なことは言わないでしょ。
 でも、もし修羅場な鍋パーティになるんだったら、すぐに帰ったほうがいいよ」


 葉の言葉に、ルミィはほほえんで言った、


「……わかった。ありがとう、気にかけてくれて」


 でもその笑顔は、いつもの腹の読めない満面の笑みじゃなかった。
 どこか迷いを抱いているような、そんな曖昧(あいまい)な笑みだった。

 ……揺らいでる。ルミィは今、揺らいでいるのだろう。

 完璧美少女の化けの皮を()ぐか脱ぐまいかと。恐らくだけど。