今日も旧体育館裏で、葉とお弁当を食べていると、ルミィからメッセージがきた。
『わっちゃん! 明日、総長たちと鍋パーティすることになった!』
『だから、今日の夜は鍋にしよ!』
『二日連続で鍋にするつもり?』
『練習用に!』
『放課後、一緒に食材買お!』
『ワタシのお金で!』
『了解(グッド!)』
このやり取りを覗き込んでいた葉が言った。
「鍋パーティの練習ってなに?」
「言葉どおりでしょ。明日の本番に備えた鍋の練習だって」
「どうして、そんなのするの?」
「いろいろあんだよ」
「ふうん」
どうせ、くだらない見栄でも張ってるんだろう。
あぁホント、くだらない。こんなことしたって無駄なのに。
……でも、人が命を賭して頑張ろうとしていることに対して、ハンパな頭であしらうのは野暮なことだ。
それをバカだとあしらうのは、最後の最後まで見守って、結果として「無駄だった」「バカバカしいことだった」との答えが出たとき。
打ちひしがれているバカに対して、さらに追い打ちをかけてやるのが悪党としての筋ってものだ。
そのバカが、同じ寮の部屋で一緒に暮らす身内であれば、自分にできる最大限の力でサポートして、破滅への道を一緒に歩いてやるのがいい。
嘲りの言葉は、最後の最後まで取っておいて、ベストなタイミングで放ってやるのが価値ある悪人の言葉だ。
そこまでの筋を持とうとも考えない、うすらバカの無駄口何ぞ、ただの屑だ。
――さて、お鍋の中身は何にしようか。
わたしはうっすら口角を上げた。
「和女が笑うなんて珍しいね。何考えてるの?」
見逃さなかった葉が言った。
「お鍋の中身、何にしようかって」
「和女、鍋料理とか作ったことあるの?」
「おでんなら何度か」
「へえ、なんの具が好きなの?」
「タコ」
「タコ? ……マニアックだね。つうか、魚介好きだね」
確かにわたし、海の幸好きだね。
今日の弁当も、ごはんにしらすがかかっている。
「だね。あと、さといもも好きだから、タコとさといものおでんをよく作ったよ」
「……は? んなもん、おでんじゃねぇよ」
「まあ、毎回さといもばっかりじゃなくて、ちくわとか、さつまあげとか、変わり種として、エビやホタテ、魚の切り身とか」
「タコは変えねーのかよ。なんで、頑なに魚介にこだわるの!」
さっきから葉につっこまれまくっているが、わたしの毎日の献立は、わたしが直感的に食べたいもので決めている。
すると結果的に、海の幸を使った料理を多く選んでしまう。
とんかつやからあげとか、肉料理も食べるが、丼なら肉系より海鮮丼の方が好きだし、揚げ物なら、豚よりイカやタコや小魚に衣をつけたものの方が好きだ。
おでんの具なら、だいこん、たまご、こんにゃくよりも、タコあし、ちくわ、
どうやら、わたしの前世は人魚だったらしい。もしくはイルカ。
太平洋の海を思う存分に泳いでいたことだろう。
お弁当をからにすると、わたしはルミィにメッセージを送った。
『おでんの中身はおでんにしない?』
『いいね! 総長のみんなもいいってさ』
こうして、鍋の中身はおでんになった。
『わっちゃんの好きな海鮮おでんにしよっか』
『最高だね!』
ここで葉が口出ししてきた。
「和女も参加するの?」
「しないよ」
「じゃあなんで」
「知らない」
なんでかは知らないが、なんとなく気分が上がる。
『わっちゃんって、ホント魚介系好きだね』
ルミィにも言われてしまった。
『わたしの前世はマーメイドだったみたい』
『きれいな歌声で王子様の心を鷲掴みにしたのかな?』
思ってたよりもノリノリな答えが返ってきた。ルミィは童心を忘れていないんだな。
……いや、そう思わせようとしたのかな?
あの女は、しっかりと自覚してるヤツだし、主演女優賞を取れるぐらいの名女優だ。
ここはさらに乗っかろう。
『そして、海の魔女の魔法で人間になって、王子の暮らすお城で開かれる舞踏会に参加したの』
一部 “人魚姫” とは違う話をぶっ込んでやった。
『へえ、それで、王子様とは踊れたの?』
『うん。顔もドレスもきれいだったから、真っ先に王子様に声をかけられたんだ』
『王子様は美しかったかい?』
『うん。すっごくイケメンだったよ』
ここまでのやり取りを見て、葉が言った。
「これ、前世の話なんだよね?」
わたしは言った。
「そんなわけないでしょ」
わたしの前世が本当にマーメイドだったのかは知らないが、少なくともこれはただのメルヘンだ。
『ワタシも見てみたいな〜』
『でも、イケメンが故に、彼に恋する女性はたくさんいて、その内の一人に毒ケーキを食べさせられて、死んでしまったんだ』
『あら悲しい……』
『だまされてころされてしまった前世のわたしは、人間という生き物の恐ろしさを魂に刻み、卑屈な人間へと転生したのでした』
妙に説得力のある作り話になってしまった。
おかしくなって笑った。
『わっちゃんは、卑屈じゃないよ!』
『いいや、卑屈だね』
『わたしの恋人はゼニゴケだから』
まあ、他の花も好きなんだけど。
この言葉を最後に、メッセージアプリを閉じた。
すると葉が言った。
「和女、作家向いてるんじゃない?」
「そーかもね」
♡ ♡ ♡
「黒地」
時は放課後。ちょうど6限目が終わった直後だ。
珍しいことに、才賀さまがわたしに声をかけてきた。
このお方はルミィ一筋で、それ以外のことには一切興味がないと思っていた。
「……なんでしょう?」
「生徒会室に来い」
絶対にいい予感がしないから嫌だが、「拒むなよ?」と言わんばかりに視線で威圧してくる。
断れる雰囲気でもないから、従うことにした。
「……わかりました」
わたしは才賀さまの後ろについていき、生徒会室に向かった。
その最中、才賀さまはわたしに尋ねた。
「なぜオレにだけ敬語で話すんだ?」
「そりゃあ、学園長さまのご子息ですから。敬わないと」
「皮肉だろ?」
「いいえ、断じて皮肉などではございません。才賀さまは、中等部の生徒会長、万年学年首席を取り、ケンカじゃあ、負け知らずとか。
ご実家もさぞかし裕福でございましょう。朝、晩、休日の食事は毎回高級料理が運ばれて、移動用の車も高級車……それどころか、自家用ジェットも所持されていて……。
欲しいものはなんでも手に入る、そのような恵まれた環境下でずっと過ごされたのでしょう」
まあ、ルミィ以外は。
「一目見ただけで、貴き人のオーラが感じ取れます。そのような方と二人きりになれるなんて光栄に思います」
もちろん、そんなことは思っていない。むしろ最悪だと思っている。
わたしの胸の内に巣食う心の闇は、大岩のように重く、うごかない。
しかし、口先だけは軽く、心にもない媚び諂いでさえも、ベラベラと話せてしまう。
しかし、口先だけだ。
「ようは、甘やかされて育ったドラ息子だと言いたいのか?」
実際そうだろ。
「何をおっしゃいますか。容姿も端麗な貴方様に、“どら”などと言葉がつく残念な一面なんて、あるわけがございませんでしょう?」
「……チィ」
才賀さまは、これ以降は何も言わず、もくもくと歩いた。
そして、VIPルームのような豪華かつ広い生徒会室に入ると、他の役員の生徒の目をかいくぐり、さらに奥の謎の小さな部屋に入った。
あの生徒たちは皆、才賀さまが総長を務める暴走族・SOLARのメンバーだ。
葉のFORESTの緑化委員会のように、SOLARは生徒会を隠れ蓑にしている。
SOLARの彼らを一言で表すと、“ パリピ ” だ。
全員男子なのだが、プロのダンサーのようなスタイリッシュな髪型・髪色、制服の着こなし。
普通の学校なら、バリバリアウトになるだろう。
しかし、この学園、この中等部は、スタイルに関する校則はほとんどないに等しい。
派手な彼らがこの中等部の法を作っている。
おかげで、天然茶髪や天然パーマがイジメられることはないばかりか、あからさまな派手な髪型・髪色も、あとメイクも平気で許される。
まあ、将来の大学進学や就職活動には不利だろうけど。
見た目だけでなく、中身までパリピな彼らは、根暗地味なわたしを目の敵にしている。
わたしにとっても彼らは敵だ。なんの恨みもないけど。
そして――。
ドン!!
わたしは壁に打ち付けられた。生徒会室の奥の小さな部屋で。
身体の中心から全体に、強烈な衝撃が轟いた。これからわたしは処刑されるのかと悟った。
そして奴は、わたしの顔のすぐそばに手を打ち付けた。
これはいわゆる〝壁ドン〟というやつだ。
目の前には、わたしを重く睨むオレンジと白の瞳。
――それだけで、強大な威圧を全身で感じた。
こいつは理事長のボンボンだろうが、うたわれている〝最強〟であることは事実だ。
葉が戦っても勝てるかな……?
……なのに、たいした運動能力もない、ひ弱なわたしが勝てるわけがない。
わたしは、真冬の北海道にいるかの如くブルブル震えて、身体全体や喉が、凍っているかの如く動かない。
「オレの要件はただ一つ、ルミエルから手を引け」
奴の声は、恐ろしく低い声だった。
「…………ど、……どぉ……どうしてっ!?」
わたしはかじかむ声を必死に振り絞り、出せる最大限の声量を出した。
「目障りだ。ルミエルはオレの女だ」
「…………ぉ……女の子の友達も……許さないの?」
「最近じゃ、同性間での恋愛も珍しくねーからな。女でも油断は禁物。特にテメェはアイツと同じ部屋で暮らしていて、ゴミみてーなメシでアイツの心を掴んでる」
――目障りなんだよ、消えろ。
……ボッ!
この言葉を聞いて、わたしの心には小さな〝火〟が灯った。
一本のマッチを擦って起こしただけの、大したことのない小さな〝火〟。
「……アンタは、……ルミィを、なんだと思ってるの?」
わたしが尋ねると、奴はニヤリと笑った。
「愛しのフィアンセさ。このオレに釣り合う女なんざ、この世でアイツぐらいだ。美貌はもちろん、成績も強さも扱いやすさも上等よ。ルミエルはオレの女にふさわしい」
あれ。小さかったはずのぽっと出の〝火〟が……いつの間にか、鍋にためた水をボッコボコに沸騰させるくらいの〝超強火〟へと進化していた。
〝腸が煮えくり返る〟ってのは、こういうことだろうか。
この野郎……女を……ルミィを下に見やがって……。
「……ルミィは、テメェなんかじゃ釣り合わねェよ」
「―― あ゛?」
わたしは不敵に笑って言ってみせた。
「アンタのその恋は、たった数秒も持たね――」
言い終わらないうちに、右のほほに強烈な衝撃をくらった。
あっというまにふっとばされて、壁に激突した。廊下側の壁に。
なんとか頭にぶつかるのは避けたけど、……強い力だ。……こりゃ本当に……死ぬ。
「弱ぇくせに、何オレに逆らってんだ。ゴミ顔のくせに」
この衝撃で、ごうごうと燃え盛っていた〝炎〟は弱くなって、揺らいだ。
「……負けない」
こんなところで、絶対に負けたくない! ルミィを見下されたまま、黙って引き下がるなんて、したくない!!
わたしは、弱まって揺らいでいた〝火〟に、薪やら油やら燃料をくべて、さらに〝炎〟を大きくし、挙げ句、高く高く燃え盛る地獄の業火へと変貌を遂げた。
「ルミィはテメェの女じゃねーよ! ルミィはルミィだ!!」
「クソ女が!!」
もう一発来ると構えたが、その前に才賀は、物理的に横槍を入れられた。
突然、何者かが部屋に入ってきて奴に強烈な足技をくらわせた。
そいつが誰か確認できないまま、わたしはやつに抱きかかえられた。
やつは一言を発する間もなく、大急ぎで半開きのドアを蹴っ飛ばし、一番近くの出入り口目掛けて猛ダッシュ。
「おい! 誰だテメー!」
生徒会室の中は騒ぎになっていた。
わたしを抱えて急ぐやつの前に、SOLARのメンバーが一人立ち塞がった。
「よくわかんねーが、逃がさ――」
しかしそいつは止まらない。足で障壁を蹴っ飛ばし、出口に急ぐ。
「……強っ!」
「なんだあいつ!」
ドン!
「逃がさねぇぜ」
別の奴が目当ての出口を封鎖する。
「チぃ……」
「……あのヘアピン、笹木葉か!?」
「FORESTの総長!?」
「そういやあの女、笹木の嫁だっけ」
「ちげぇよ?」
即答した。
ガラッ!!
封鎖されていたドアが開き、ドアを封鎖していた男は殴り飛ばされた。
「葉!」
「助かる!」
見事、生徒会室から脱出することができた。
ドアを開けたのは葉の味方らしい女の子……FORESTの幹部だろう。
「ルミィ! 逃げるよ!」
「わっちゃん、怪我はない?」
「……ルミィ!」