キーン、コーン、カーン、コーン――。

 チャペルの(かね)のような、オシャレなチャイムの音が校内に(ひび)いた。


「ルミ、食堂行こう」

 
 そして教室内に響いた第一声が、これである。

 四限目の授業が()わり、ほとんどの生徒が食堂に向かう。
 この一声を放った、ツンと表情が控えめな彼の名前は朝日奈才賀(あさひなさいが)

 わたしらが在籍(ざいせき)する朝日奈(あさひな)学園の理事長の御曹司(おんぞうし)だ。

 クールな内面の外皮(そとかわ)とは裏腹に、オレンジベースに白のメッシュが入った派手な髪色(かみ)をしている。
 瞳の色も、オレンジとライトグレーのオッドアイ。左耳に付けられた、大きめの金リングがキラリと光る。

 さすが、万年首席を取る神童(しんどう)なだけはある。容姿の派手(はで)さも首席である。


「うん、いこう!」


 才賀さまが「ルミ」と呼ぶ彼女は、にこやかに返事(へんじ)をした。

 彼女は、満月(まんげつ)のような神々(こうごう)しい金髪に、南国の海のような()き通ったターコイズブルーの(ひとみ)を持つ、童話(どうわ)の世界から出てきたような美しい容姿を持っている。

 彼女の名前は羽月(はねつき)ルミエル。愛称・ルミ。わたしは転じて、ルミィと()んでいる。
 
 名前(と容姿)からして、フランスの血が()ざっていそうだが、彼女は純日本人だそう。
 両親も親族もみな日本人なのだが、両親が熱狂(ねっきょう)的なフランス愛好家で、フランスの生活をしており、事実上フランス人なのだとか。

 才賀さまがルミィの手を取ろうとすると、すかさず第三者の手によって(はじ)かれた。


「ルミ、俺と一緒に行こうか」


 そして、シルバーみのある落ち着いた青色(あおいろ)髪の、いかにも「賢いです」と主張しているような、大人びた態度の男子がルミィの手を取って引いた。

 彼の名前は上水流明青(かみずるめいせい)。才賀さまにくらべれば、はるかに落ち着いていて、遊びすぎていない。
 
 あいつは、(すず)しい顔をしてかなりがめつい。
 
 ルミィは苦笑いを浮かべて歩く。


「だめだよ〜、メイちゃん。抜け()けなんてずるいぞ〜!」


 小柄で女の子みのある、少々(おさな)げのある男子生徒が、空いているほうのルミの(うで)にぎゅっとしがみつく。

 パステルカラーの黄色に、パステルカラーのピンクのかなりあざといツートーンヘア。そして、淡めのピンクの瞳。
 さらに、右目の涙袋(なみだぶくろ)のかたわらに、茶色い小さなハートを描き入れて、ハート型の泣きぼくろを自作している。なんとあざとい。

 あやつの名前は金見宇左都(かなみうさと)。あざとい(せい)からやってきた王子さまだろうか。

 やつは上水流をはじめ、男女関係なくみんなをちゃんづけで呼んでいる。
 もちろん人によってまちまちだろうが、ナメているからだろう。あの甘いルックスだが、内心はかなり強気そうだ。
 わたしとしては面白くて歓迎(かんげい)ものだが、上水流はそのあだ名に顔をしかめた。


「おい、金見……。そのあだ名はやめろって言ってるだろ……」


 別にいいだろうに。


「おいてめーら、ルミエルに触るな!」


 才賀さまが少しだけ声を張り、ルミィにくっついている青と黄色の二人を力付くで引き()がす。
 彼の力は強く、いとも簡単に引き剥がせてしまった。

 それでも、金見と上水流は引き下がらない。

 ルミィは我がものだとバチバチに言い争っている、何気に仲の良いこの三人。
 実は彼ら、暴走族(ぼうそうぞく)の総長だ。

 朝日奈(あさひな)学園中等部には、四つの暴走族が存在している。

 才賀さまのSOLAR(ソーラー)
 上水流のMARINE(マリン)
 金見のGOLD(ゴールド)

 といっても、バイクで暴走や法に違反するような行為はしない。
 目立って喧嘩(けんか)もしないから、表向きはただのアイドルグループだ。
 ただし、裏の顔はスレスレのヤバいチームがあるとかないとか、噂に聞く。


「あぁ、総長の皆様〜、今日も素敵〜♡」
「あの美男子たちを毎日見られて幸せよね〜」


 あのように、存在するだけで女子の心を鷲掴(わしづか)みにするイケメン総長たち。

 そんなイケメン総長たちの心を鷲掴みにする、美貌と努力とテクニックを()(そろ)えた完璧美少女・ルミィ。

 いつか大ケガを()う羽目にならないといいけど(精神的に)。

 ルミィは弁当を持って、総長三人と一緒に食堂(しょくどう)へと移動した。
 わたしも席を立ち上がり、弁当を持って、教室をあとにする。

 ちなみに、四つ目の暴走族・FOREST(フォレスト)の総長は、ルミィには興味(きょうみ)がないらしい。

 真珠(しんじゅ)に目もくれないブタのような男だ。


 ♡ ♡ ♡


 わたしが昼食のためにやってきたのは、食堂ではなく、今は使われなくなった旧体育館の(うら)
 コンクリートの段差に(こし)を下ろすと、目の前はちょっとした林になっていて、ほどよく(うす)暗くてじめじめしていた。
 地面には、愛すべきゼニゴケがびっしりと生えていた。
 この場所は、わたしのお気に入りスポットだ。

 初等(しょとう)部の高学年で、お昼にお弁当を食べるようになって以来、わたしはずっとここに来て食べている。
 こんなところでご飯を食べようと考える(やから)は、ここ数年でわたしと……せいぜいあいつぐらいだ。

 わたしは、人がありんこのように集まる食堂が、大の苦手だ。

 そもそも人が大(きら)いだ。

 人どころか、この世界に生きとし生きて、この地を動き回る生命体の全般が嫌いだ。
 その中には自分自身も(ふく)まれている。

 なんやかんやで、結局わたしが一番真っ黒だ。わたしは全身真っ黒人間だ。

 そんなわけで、わたしが手放しで愛せるのは、ゼニゴケとか植物くらいである。

 ゼニゴケを(さかな)に、弁当を広げて食べる。弁当の中身はつつましやかなものだ。
 ただ(なが)めるだけでも、飽きが来ない。


 「最近の弁当、質素過ぎね?」


 そう言って、にこやかな顔の(なぞ)めいた男がやって来た。
 そいつはは、わたしの一定間隔(かんかく)(はな)れた位置に座った、

 天然茶髪のぱっつんショートで、前髪をセンターで分けて、緑色のデカい三角のヘアピン✕2で留めた、やや中性的な見た目をしている。
 ただし、金見のようなあざとさはない。言うならば、ナチュラルだ。

 こいつの名前は笹木葉(ささきよう)。例のFORESTの総長、ブタ野郎だ。


「わたしは、欲張り過ぎない昭和の弁当が好きなの」

「イマドキの中学生で珍しい」


 悪いか。


「じゃあ、今日のはいらない?」


 と言うと、


「ごめんなさい。いります。お願いします!」


 やつは一転して頭をさげた。


 ……まったく、こいつは。


 仕方なくわたしは、弁当を入れていたバッグに手をのばし、そこからもう一つの弁当を取り出して、葉の前に置いた。

 葉は目をキラキラ(かがや)かせて喜んだ。


「いっつもありがとう! 和女(かずめ)はとってもやさしい子だよ!」


 盛大(せいだい)なお世辞(せじ)を言って弁当を開け、(はし)を持ち、中身に箸を伸ばす。
 弁当の中身は、(うめ)ご飯にししゃもとたくあんをのっけただけの、シンプルかつ古風なものだ。

 
 だからといって、他人に文句言われる筋合い


 葉は、ししゃもを咀嚼(そしゃく)しながら、ずいぶんとしあわせそうな顔をした。
 わたしは苦し(まぎ)れに言った。


「わたしなんかのとこにいるより、ルミィのとこに行ったほうが(とく)だと思うよ。あの子かわいいし」

「おれは、花より美味(うま)い団子派だから」


 きっぱり言う葉に、わたしはせせら笑って小さく言った。


「これだからブタは」


 美しい真珠(しんじゅ)や宝石には目もくれず、(えさ)のために自ら(どろ)たまりのような場所を選ぶブタだ。


「なんか言った?」
 

 葉は(するど)い視線を向けてきた。


 「かわいい(ねこ)ちゃんだって言ったんだよ」
 もちろん、猫に小判(こばん)の。

「にしたって、良い意味じゃないだろ」


 聞こえてんじゃん。

 ししゃもの頭をかじりながら、もう話のネタがないことに、(あせ)りと気まずさを感じた。
 できることなら、このコンクリの上に寝転がったり、あの林を散策(さんさく)したり、縦横無尽(じゅうおうむじん)に動きまわりたい。

 さすがにこいつとはいえ、人の目があってはしづらい。

 だからできれば、こいつにも近()って欲しくない。まるっきり一人でここにいれたら、どれだけいいだろう。
 

和女(かずめ)、おれのこと邪魔(じゃま)だって思ってるでしょ」

「さすが名探偵(めいたんてい)

「和女は分かりやすいからね」

「……分かってんなら、一人にしてくれるとありがたいよ」

「そういうわけにはいかないよ」

「人の目があると、自由に動きづらくて窮屈(きゅうくつ)

「もしかして和女って猫被(ねこかぶ)り?」


 もしかしなくても、わたしは猫かぶり……というか、()けの(かわ)を被っている。


「……わたしだけじゃないでしょ?」


 わたしは葉をじろっと見て言った。
 こいつだって皮被り。本性を(かく)して、呑気(のんき)なふりをしている。
 わたしと(よう)だけじゃない。ルミィを取り()くやつらだって、ルミィ自身だってそうだ。

 そもそもこの学園自体が、皮被りだ。
 キレイな校舎で、進学校だと(おおやけ)には発信しているが、実態(じったい)は、いくつもの(ぞく)が存在していて、気性の(あら)いやつも多い。

 校内暴力は停学。ひどければ退学なんてことになるから、表立って喧嘩(けんか)することはない。
 中等部にある四つの族だって、表向きには生徒会や委員会を名乗って、実際に活動している。

 委員会の活動メンバーとして、不良じゃない一般の男の子・女の子も入っている。
 総長の人柄や評判に左右されるけど。

 THE()・キケンな学校! ってわけでもないが、安心安全な学校でもない……。
 いても(うと)ましいが、いなくても心もとない。じつに厄介(やっかい)である。


「おれはあいつらとちがって、寛容(かんよう)だから。並大抵(なみたいてい)のことは気にしないよ。だから気ぃ抜きな」

 にこやかな顔でそういわれて、わたしは食べ終わった弁当を片付けて、コンクリの上に上半身を倒した。


 ――そう。ルミィだって、皮被り。
 

 みんなが神だ完璧だと(あが)めまくって、愛しまくっている美しい彼女の姿(すがた)は、実は化けの皮であるのだ。
 彼女の血と汗と涙の結晶(けっしょう)でできた皮だ。
 
 もしも彼女・ルミィの化けの皮が()がれて、極秘(ごくひ)の本性がバレてしまったら。
 
 彼女は、みんなは、どうなるだろう。