キーン、コーン、カーン、コーン――。

 チャペルの(かね)のような、オシャレなチャイムの音が校内に(ひび)いた。


「才賀さま」


 わたしはクラスの誰よりも先に席を立ち、弁当が入ったバッグを持って、才賀さまの席の前に立った。

「なんだ?」


 才賀さまは、普段と変わらない冷静沈着(れいせいちんちゃく)な反応をした。


「お弁当を作りました。粗末(そまつ)なものですが、よろしければ召し上がってください」


 そう言って、使い捨ての容器に詰めた弁当を、才賀(さいが)さまの机に()いた。


「金見と上水流の分もあるよ」


 二人にも弁当を渡すと、二人はひどく(おどろ)いていた。


「いいのか?」

「ねえ、これ、何人分作ったの?」


 金見の問いには答えなかった。


「ルミィ、葉、行こう!」


 この二人を引き連れて、隣の3年A組に()った。


「篠原さん」


 教室を(のぞ)き込み、FORESTの副総長・篠原さんを呼ぶ。


「和女ちゃん! どうしたの?」

「昨日のお礼に弁当つくったから、よかったら食べて」


 弁当を受け取った篠原さんは、にっこりほほ笑んだ。


「ありがとう。だからあんなに買ったんだね」

 
 わたしは教室を(のぞ)いて、(うるわ)しのポニーテールくんことMARINE副総長・雨宮(あめみや)くんの姿を確認(かくにん)して気分を上げてから、この場を去る。
 

「和女ちゃん、ウチも一緒に食べていい?」


 と篠原さんが(さそ)ってきた。
 
 まあ、篠原さんならいっか。

「いいよ」


「和女、俺たちとも食べないか?」

「教室でみんなでさっ!」


 上水流と金見にも(さそ)われた。


 ……これ以上大人数は……ちょっと……。


「あ……えっとぉ……」


明青(めいせい)、お疲れさまっす」
 
 
 断ろうとした矢先、雨宮くんがやってきた。

 え、ウソ!! 彼も来ちゃうの?
 ……でも、彼の分は用意してないしなぁ。残念だけど……。


「ちょうどいい。潤次(じゅんじ)、和女から弁当を貰ったんだが、思っていたより量が多くてな。お前にも分けてやろうか?」


 なんと! 上水流が雨宮くんに声を掛けた! 
 弁当を分けるだって? なんてことを(さそ)ってんだ!
 それもインテリらしからぬ(さわ)やかなほほ笑み顔で! どうして美少年とはいえ、副総長相手にそんな顔をするんだ。まるで恋人を相手にしているかのような。


「え? いいんすか?」


 きょとんと戸惑(とまど)っている雨宮くんに、上水流が近づいて、少し背が低い彼の頭に手を置いた。
 そして、キスするのかってくらいに顔を近づけた。


「いいんじゃないか? もっとも、和女(かずめ)次第だがな」


 雨宮くんは、完全に恋する乙女(おとめ)の顔をしていた。


「……この二人、完全にタダれた関係あるよね?」


 とルミィが耳打ちしてきた。


「間違いない」
 
黒地(くろじ)、いいか?」
 

 彼は完全に乗り気だ。
 言いたい文句はアルプス山脈(さんみゃく)ほどあるんだけど……。


「あ、そういえば〜」


 ここで金見も参戦(さんせん)してきた。


「僕の弁当も山盛(やまも)りだったなあ〜。そーだっ、モモちゃんと半分こし〜ちゃおっ!」


 明らかにわざとらしい、あざとい演技。

 ……あの堅物(かたぶつ)顔とこのあざとい顔の二人が同じ弁当を分け合うだなんて ―― 想像するだけでも尊い……。
 大人数でごはんを食べるなんて(いや)だけど、この尊い二組を展望できるチャンスなんて、これを逃せば、一生の不覚(ふかく)になるだろう。


「……分かったよ。いっしょに食べよ」


 渋々(しぶしぶ)OKを出した。


「やったあ!」

「いいみたいだぞ」


 金見と上水流は(よろこ)んだ。


「お前ら副総長をなんだと思ってんだ」

 満を()して、葉がツッコんだ。
 篠原さんともども、FORESTの二人は、終始(しゅうし)白い目を向けていた。

「葉、ウチは絶対(いや)だからな。あんなタダれた関係」

「安心して。おれもだから」


 ♡ ♡ ♡


 そういうことで、わたしは各暴走族の総長、副総長たちと弁当を食べることになった。
 ただしだ。


「才賀、来たゼ」


 SOLARの副総長・赤根輪道(せきねりんどう)がやってきた。
 無口クールを(つらぬ)いていた才賀さまは、席から立ち上がり、ポッケに手を突っ込んで、教室を後にする。


「その弁当、食っていいぜ。オレに粗末な弁当は似合わねぇ」


 去り際、そんな言葉を残しながら。


(めずら)シ。才賀が食いモンくれるなんテ」


 赤根くんは「意外だ」というような反応をしていた。

 わたしはそれがまた意外だと思った。

「なんだよ、アイツ」だとか「ったく、しょうがねーな……」みたいな(あき)れた反応をするだろうと思っていたから。


「え? 才賀って、そんなに食い意地(いじ)張るヤツなの?」


 葉が赤根くんに尋ねた。


「食い意地以前に、傲慢(ごうまん)なヤツだから、人に親切(しんせつ)とか全くしねーんだ。羽月ルミエルは例外だったけどな。
 そんなアイツが、無条件(むじょうけん)でオレに弁当をくれるなんて、よほどこの弁当がマズかったんかな……?」


 最後にゃ無礼(ぶれい)千万なことを言いながら、からあげを一つ、つまようじで()して、口に放り込んだ。


「いや、めっちゃウメーぞ!? なんでだ?」

「そりゃあ、わっちゃんが作ったんだから!」


 ルミィがそう言ったが、彼が言いたいのはそういうことではないだろう。

 赤根くんが弁当の(ふた)を開けたときから、すでに弁当の中身は、炊き込みごはんの(たわら)おにぎりも、からあげも、どちらも半分に減っていた。

 つまり……そういうことだ。

 なんと素直じゃなくて、遠回しなやり口だろう。
 他の総長 ―― 特にGOLDとMARINEの総長は、思いっきりダイレクトにシェアしているというのに。
 なんだか微笑(ほほえ)ましく思いながら、ごはんをすくって口に運んだ。

 ―― やっぱり、イモとコーンは最強のコンビだ。


 ♡ ♡ ♡


 いやぁ〜、眼福(がんぷく)だった……。

 今でも思い返すと、尊い光景が浮かび上がって、幸せな気分になる。
 キッチンで洗い物をしながら、一人勝手(かって)に萌えていた。

 インテリクールとビューティクールのイケメンコンビと、硬派(こうは)な無口くんときゃぴきゃぴ乙女な男子とのギャップコンビ。
 そんな二人が一つの箱に入っている食べ物を分け合う光景は、マジ萌える。

 目と心が追いつかなかった。
 もちろん、彼らばかりを見ていたわけじゃない。


 あの弁当を作った真の目的である、葉とルミィの(よろこ)ぶ顔もちゃんと見れた。

 安定感があって、見ていて安らぎを感じる。
 葉は、まさに緑でいっぱいの旧体育館裏の景色のような、()やしの、笑顔? 顔? 雰囲気(ふんいき)? たぶんどれもだ。

 いつ見ても、どれだけ見ても、飽きが来ない。

 そう思って、横からじっと見ていると、―― きれいな顔だなぁ、と思った。
 顔立ちだけじゃなく、()き通った茶色い(ひとみ)、長く伸びたまつげ。
 茶色いさらさらな髪。キュートな緑色のデカい三角のヘアピン✕2。

 ―― とってもきれいだ。

 からあげを咀嚼(そしゃく)しながらそう思っていると、葉はわたしの耳に口を近づけて、ささやいた。


「和女の笑顔、とってもかわいい」


 からあげの汁を吹き出しそうになった。
 本当に吹き出したりしなかったけど、顔が軽く火照(ほて)った。

 今思い出しても、気分アゲアゲになる。

 洗い物が終わって、片付けもすあばれると、寝室に入って、布団に潜り、心も体も情緒(じょうちょ)不安定になって、(あば)れまくった。

 ついでルミィ。
 
 いわずもがな、絶世の美少女。月の神様が女の子に化けてこの世に生まれてきたような、満月を見ているような、目が(うば)われるほどの神々しさを感じた。

 肌はミルクのように白くて、透き通っていて、顔の形もかわいらしく美しい。

 顔だけでも十分見惚(みと)れてしまうけど、わたしはさらに髪にも目をやった。

 (つや)やかで(なめ)らかで、金色に輝く絹織物(きぬおりもの)のようで、実際にさわったことあるけれど、すっごく(やわ)らかくてさらっさらで、ふれた手の感触を()ったほどだ。

 やっぱり彼女は、最高の美少女だ。中身がなんであろうと、そこだけは変わらない。
 でも大丈夫。ルミィはとってもやさしい、いい子だから。それだけはたしかだ。

 するとルミィは、わたしの耳に口を近づけて、ささやいた。


「今のわっちゃんの顔、すっごく愛おしいよ」


 へ ――?

 わたしの顔は、さらに火照(ほて)った。


「顔真っ赤」と葉が笑い、それにつられるようにルミィも笑った。


 お前らグルか、と思った。

 それを思い出すわたしも、顔が火照って、布団の中で暴れ回った。

 顔がゆるんでしかたがない。


 わっちゃん、すっかり笑顔が増えたね。


 おしまい。