(はな)れようとしたけれど、ルミィにがっしり抑えられて、離してくれなかった。

 くちびるとくちびるが合わさったまま、エレベーターは下へ下へと降下(こうか)していく。


 ―― そうだ。このエレベーター、直で一階に行くんだ。


 ―― 一階につくまで離さないつもりか!?


 なんて状況だ。

 ここは家じゃない。布団の中じゃない。二人だけのプライベート空間でもない。

 VIP専用(せんよう)とはいえ、ただのエレベーターだ。

 もしかしたらドアが開いて、誰かが入ってくるかもしれない。

 こんな状況を、誰かに見られてしまうかもしれない。

 
 早く(はな)してくれと思った。


 べつにルミィとのキスが嫌なわけじゃない。


 むしろもっとしていたいと思っていたのに。


 でも、こんな場所でのこんなキスは別次元だ。


 スリルだらけのこの空間は、この世のものとは思えなかった。


 まるで宇宙(うちゅう)空間にいるかのようだった。


 目を閉じているから真っ暗で、それでいてどんどん下へと()ちていく。


 奈落(ならく)の底へ()ちていってるかのようだった。

 
 地面(じめん)が不安定で、ふわふわしたした感覚があった。


 きっとわたしの…………わたしとルミィの(まわ)りには――

 天の川のような、キラキラ(またた)く星の集まりがあるのだろう。

 チラチラ星が散らばっていて、大小それぞれバラバラで、青白い光、時に赤も()じった、色鮮(いろあざ)やかな、光の集団。

 その中でわたしは浮かんでいるのだろう。

 SF映画や漫画(まんが)の宇宙船のように、わたしもふわふわ浮いているのだろう。

 
 そんな幻想(げんそう)を抱くほど、わたしの気持ちはふわふわしていた。

 足元もふわふわ、気持ちもふわふわ、頭だってふわふわ。

 ただ、確かにあるのは ―― 自分のくちびるに密着(みっちゃく)する、極上に(やわ)らかくて最高のくちびるの存在だけ。

 むしろ、このくちびるの存在が、かろうじてわたしを現実世界に引き()めている。

 こんな最高級のくちびるの柔らかさに、こんな長時間入り(ひた)っていては、頭がおかしくなってしまう――。

 いや、すでにおかしくなってるか。


 怖いくらいに早く過ぎていく時間が、今この時だけは ―― 止まっているかのように感じた。
 
 
 永久に奈落(ならく)の底に()ち続け、もう二度と地に足付けないような気がした。


 恐ろしいと思うが、それと同時に、非現実的な(ゆめ)から()めたくなくて、絶対に目を開けない自分もいた。


 ―― もう一生、このままでいいや。


 もう何も……考える余裕がなくなった ――。

















 チーン!

 
 ドアが開くと同時に、目が開き身体が解放(かいほう)された。

 はあ……はあ……。

 どっと疲れた。まるでプールで泳いだあとみたいだ。
 ずっと息をしていなかったのかは知らないが、ずっと背伸びの姿勢(しせい)居続(いつづ)けたせいでもあるだろう。


「疲れたぁ……」


 エレベーターの床にペタンと座り込んだ。もう動くのは億劫(おっくう)だ。


「わっちゃん、先降りよっか」


 ルミィはわたしの荷物を持って、わたしに手を差し出した。
 わたしはその手を取って、エレベーターを()りた。
 幸い、辺りには誰もいなかった。
 エレベーターを降りてからは、わたしはルミィにおんぶされて、そのまま女子寮の我が家に向かった。

 ルミィ……、すっごくいい匂い。

 いまさらだけど、そう思った。