男子寮の最上階にあるGOLDの根城。その一室の『Fancy Loom』なる部屋に入ると、そこにいたのは、なんと葉だった。
ファンシーで可愛らしいソファの背もたれの上に座っていた。
「アンタ、いつからGOLDの総長になったわけ?」
中に入ったわたしはからかい混じりにヤツに言った。
「なってねーよ。GOLDのアジトにお邪魔してるだけ」
葉はツッコミ混じりに否定した。いや、どーみても他のアジトにお邪魔してるヤツの態度じゃない。
「ちょっとそれ聞き捨てならないんだけど!!」
GOLDの総長・金見もいた。部屋のかたわらで、可愛らしいスツールに座っていた。
わたしの登場がてらの発言に立腹したようだ。でもアンタも、とても総長に見えない。
「お疲れさま、宇左都」
わたしたちをここまで案内してくれた富田くんは、金見に挨拶をした。
「お疲れ、モモちゃん!」
金見は副総長に笑顔を振りまいて、挨拶を返した。
あの堅物ヅラで〝モモちゃん〟て……。ギャップがすごい。
あいきょうたっぷりの総長に笑顔で挨拶を返された富田くんは、表情が少しゆるんだ。
つまり……そういうことだ。
そして、葉が偉そうに背もたれに座っているソファには、SOLARの総長・才賀さまと、MARINEの総長・上水流が座っていた。
葉以外の三人はみんなボロボロ。才賀さまと上水流に至っては、両手を拘束されていた。
「お疲れ様ッス、葉」
篠原さんが葉に挨拶をした。
「お疲れ様、杉菜。和女を守ってくれてありがとう」
「―― で、アンタ、わたしたちが店で襲われてる間に、他の族みんなぶっ潰したの?」
「いいや、潰してはないよ。イタズラにしちゃあ、あまりにスケールがデカいからね。ちょっと、懲らしめただけさ」
コイツのいう「ちょっと」スケールは計り知れないが、少なくともこの二人はちょっと懲らしめた程度で沈むタマじゃない。
ルミィがわたしの耳元まで近づいてきて、コソコソささやいた。
「葉くんだけ無傷だね」
「だね」
それ以上も以下も言わなかった。それだけが事実であるから。
「言っとくけど、メイちゃんやったの僕だから。サイちゃんはヨウちゃんがやったけど」
なるほど。この絵図を見るだけて、総長四人の力関係が分かる。
「……この詐欺女が……!」
才賀様はルミィを見て、ジッと睨んだ。
ゴンッッ!
「!!」
葉が才賀さまの頭を足でカチ割った。
「才賀、いつまでもネチネチしないの! しつこい男は嫌われるよ!」
「うっせぇ! テメー如きが首突っ込んでくんじゃねーよ!」
葉の説教に、才賀さまはマイルドに怒鳴った。
「お前がそれ言うか?」
上水流もなじった。わたしも激しく同意だ。
「明青も、ドSのドが過ぎるよ。急遽ストアを貸し切って、リアルバイオハザードなんて」
葉の説教に、上水流は上機嫌な顔で弁明した。
「なあに、俺は才賀ほど恨みは持っていないが、やられたら三倍返しってのが俺の信念だ」
「捨てちまえ! そんな物騒な信念!」
「どこが三倍だ! 百倍はあったろ!」
FORESTのトップ二人が上水流を責め立てる。
「百倍はないだろ。才賀の恨みも合わせれば妥当なくらいだ」
「ンだとォ!」
「まあまあ、杉菜。落ち着いて」
「落ち着いてられっかよ! コイツのせいで和女ちゃんが……ウチらの姫が ―― いでっ!」
憤慨する篠原さんに、葉はうさぎのぬいぐるみを投げつけた。
なんで?
「感情的になったってしょうがないだろ! うさちゃん抱いて落ち着つきな」
だからこんなファンシーな部屋なのか。かわいいは正義ってか?
「なんでよ!」と荒ぶっていた篠原さんだったが、うさちゃんの顔をじっと見てるうちに落ち着いて、うさちゃんをぎゅっと抱きしめた。
かわいい。
「ねっ! うさちゃんは最強でしょ?」
と金見が親指を立てて言った。それに富田くんが同調するように頷く。決してヤツ自身のことではない。たぶん。
「……才賀くん、上水流くん」
ルミィが真剣な表情で二人の前に出た。
「騙してごめんなさい!!」
力強く言い、深く頭を下げた。
「気にするな。俺も似たようなモンだし、恨んじゃいない」
上水流はいつもより穏やかに言った。
顔をあげたルミィは、ひとまず安心したが、まだ手放しで安堵することができない。
「……はあ?」
才賀さまの目と口は、まだ歪んだままだからだ。
「白々しい。どうせ本心じゃねーんだろ? テメー如きの薄っぺらな謝罪に、なんの価値があるってんだ!」
容赦ない一言に、ルミィは目線を下にやった。
今の一撃は痛い。
それを言っちゃあおしまいだ。
「才賀、謝ったんだから許してやれよ」
「笹木は黙ってろ!!」
葉の忠告も一蹴した。
「分からない」
ルミィは、無心に言った。
「この謝罪は、確かに本心じゃないのかもしれない。
心の底から思っていることじゃないのかもしれない。
どんな自分が、本当の自分なのか。自分でも分からない。
いつもわっちゃんに見せてる、腑抜けた自分。
怒り心頭に発したときの、ぶっきらぼうな自分。
人と喧嘩してた時の、血も涙もないサイコパスな自分。
人に迷惑をかけたから、真面目に謝ろうとした自分。
それらの何でもない、頭の中が空っぽな今の自分。
何がワタシの……本性なんだろう……」
全部自覚してんだ……。
ルミィ……。
――――。
「ワタシ……間違った生き方しちゃったみたいだ……」
ルミィのほほを、か細く透明な液体が伝っているのが見えた。
『ワタシの宿命なの。生まれたときからの』
『だからワタシは、完璧美少女じゃなきゃいけないの。相応の対価を差し出さなきゃ』
あのルミィが間違ってるって? ……そんなことはないはずだ。
だって人の生き方に〝正しい〟も〝間違ってる〟も、何もないから。
あの時は ―― 「くだらない」とか「いつか嘲てやろう」とか意地悪なことを考えてたけど、
今はとてもそんなこと思えないや……。
抱きしめてやりたい。「間違ってないよ」って、言ってあげたい。
それができない、ひ弱な自分が憎い。
愛苦しくて、痛いほど悲しい。
わたしの目から、謎の液体が湧いて出てきた。
ばつが悪くて、きまりが悪くて、消え去りたいと思った。
それか透明人間になりたいと思った。
バフッ!
わたしの額に、何かが直撃した。
手に取って見ると、さっき篠原さんが抱いていたうさちゃんだった。
「才賀、謝れ」
葉が珍しい声を出していた。十分に聞き取れない控えめなボリュームだが、感情は濃密に詰まっていた。
「はあ? なんでオレが――」
反発する才賀さまの胸ぐらを、間髪入れずに掴んで引き寄せた。
「思い上がるのもいい加減にしろよ」
遠い声で説教をしていた。
「本心かどうかなんてどうでもいいんだよ。どんな事情を抱えていようが、人を追い詰め泣かせる奴は大罪だ。謝れ」
「クソアマなんぞに謝罪する価値なんて――」
「餓鬼が! 人をいつまでも見下してる奴のほうが……意地張って頑なに謝ろうとしねー奴のほうが―― 何千倍も弱ェわクソヤロー!」
あんなに怒っている葉、初めて見た。
「……うるせぇ。放せ」
葉は手を放した。
「さっ、謝んな」
「黙れ。オレに指図すんじゃねぇ」
口とは裏腹に、穏やかになったな。
「羽月……悪かったな。完全に本心てわけじゃねーが、一応いっとく」
謝った。素直じゃないけど。
「素直じゃないな〜」
再び、ソファの背もたれの上に座った葉がからかうように言った。
「……」
「ルミィ、和女。才賀も謝ってくれたことだし、帰っていいよ」
一件……落着でいいのかな?
葉は、才賀さまと上水流の両手を開放した。
「だがテメーは許さねェ」
才賀さまはそう言うと、葉の額に頭突きをかました。
「がっ……!」
葉はそのまま、ソファから落ちた。
「葉!」
篠原さんが駆け寄った。
その様を見ていた上水流が笑って言った。
「いい気味だ」
「テメーらマジぶっコロす!!」
「ヤれるモンならヤってみろ」
才賀さまも意地悪な笑みを浮かべていた。
なんだか和む。
つん、とわたしのほっぺが人差し指に突かれた。
ルミィだ。
「帰ろっか」
「うん」
わたしたちは踵を返して部屋を出る ――。
「あ! ちょっと、ちょっと二人とも! うさちゃん持ってかないでよ!」
金見が抗議してきた。
あ、そういえば、抱いたままだった。
「もらうよ」
富田くんがこちらまでやってきて、うさちゃんを預かってくれた。
やっぱりギャップがスゴすぎて、失礼だけど笑ってしまった。
「わっちゃん」
再び部屋を出ると、ルミィが話しかけてきた。
「ん?」
「わっちゃんは、……どんなワタシが好き?」
「全部……と言いたいところだけど、怖いのは嫌だ」
「あぁ ―― ごめんね〜! 怖い思いさせちゃったね〜」
「よしよし」と愛猫をなでる飼い主のような声で、頭をなでてきた。
案外悪くないが、わたしは話を続けた。
「麗しのポニーテールくんになんてことを……」
「ごめんよぉ〜」
「あ」
―― 彼と言えば。
「忘れてた」
「え、何が」
「アイツに聞くの……」
わたしは再び部屋に引き返した。
「上水流!!」
討ち入りに来たかのように、勢い良くドアを開けて入った。
総長たちが一斉にわたしに注目した。
「オマエに聞きたいことがあんだけど!」
ガシッ! と肩を強く掴まれた。
「わっちゃん、絶対それ今言うべきじゃないよ……!」
ルミィは呆れてびくびくしながら訴えた。
「いや、今言わないとアイツ、ドSだけじゃなくてド変態の称号までついちゃうよ」
「言ったらわっちゃんにド変態の称号がついちゃうと思うよ!」
「なんの話だ」
「大丈夫! 彼は清純な中学生だよ! 純白なドSだよ!」
「純白なドSって何?」
「そういや、言ってたな」
と、わたしたちの代わりに篠原さんが上水流に聞いた。
「上水流お前、MARINEの連中をいいように調教してるみてーじゃねーか。
ヤツらの一人が言ってた〝金より最高のご褒美〟って何やってんだよ」
これに金見が反応した。
「金より最高って、アンチGOLDのつもり!?」
上水流は答えた。
「調教とは人聞き悪いな。俺はただ、褒めて伸ばす方針を取ってるだけだ。金や権力で動かすよりも、ずっと効率的で効果的だと思うが」
「僕だって、金だけで動かしてるわけじゃないよ!」
「オレも権力だけで動かしてんじゃねぇよ。組織ってのはそんなんでまともに動くわけがねぇ」
「どんな褒め方したらアンタを神みたいに崇めるわけ?」
「俺のカリスマ性じゃねぇか? どうやら俺には、人を惹きつける何かがあるようだからな♪」
何かってなんだ。
ポン、とまたもや肩に手が置かれた。
「わっちゃん、もうここまでにしとこっか」
「……そうだね」
知りたい気持ちが強いけれど、深追いは厳禁だな。
絶対何かあるだろう。禁断のパレスに近しい、とっても尊き関係が。
―― あのインテリクールなドSと麗しのポニーテールくんで、どんな極秘なやりとりがなされているんだろう……って。
くわしいことは、わたしの頭の中で想像を膨らませておくとしよう。
今度こそファンシーな部屋を後にして、金の壁があるエレベーターに向かう。
「和女、ルミィ!」
またしても止められた。今度は葉だ。
「また明日」
いつもの安定的な笑顔が、今日はなんだか、とても尊いものに感じられた。
今日のわたしは、尊いを多用しまくりだ。
いや、今日だけじゃないのかもしれない。
「また明日」
つい顔がゆるんでしまう。
♡ ♡ ♡
部屋を出て少し歩いたところで、ルミィがわたしの手を取った。
驚いて顔を見ると、そこには満面の笑顔を咲かせた美しい少女がいた。
「いやぁ、ほんとスゴいよねぇこれ」
再び金ピカな壁を目の当たりにして、圧倒されていた。
「このエレベーターも、直で一階と最上階を行き来してるんだよね」
「あとの十三階を全部素通りだなんてめっちゃ楽だね」
さすがVIPは違ェや。
チン! エレベーターが到着した。
二人で乗り込み一階へ――。
♡ ♡ ♡
「わっちゃん、嫌だったら手で抑えてね」
? ……何をするつもり?
ルミィは少し屈んで、わたしのほっぺにキスをした。
ほんの一瞬だった。嫌だと思う間もなかった。
むしろもっとしたいと思った。
だから初めて、わたしから彼女にキスをした。
少し背伸びして、彼女のくちびるにわたしのくちびるを重ねた。
やわらか……。
最近のわたしも、ルミィのおかげでくちびるが常に潤うようになった。
肌も潤って、ずいぶんとキレイになった。
初めてのリップ同士のキスは、気持ちのいいものだった……。
―― まだ終わらなかった。