「もうお陽さんも沈んじまった暗い中で買い出しなんて、何を買うの?」
女子寮を出て、学園内にあるショッピングストアに向かっている最中、篠原さんが聞いてきた。
「明日の弁当の食材。ついさっき思いついて、どうしても作りたくて」
「わっちゃんはごきげんだからね!」
弁当の中身は、ルミィと葉が好きなもの――からあげとサツマイモ&コーンの炊き込みごはん。わたしも嫌いじゃない組み合わせだから、ちょっぴり心がわくわくしている。
でもなんだか不穏な空気が漂っているみたいだし、夜の暗い道を歩くのは警戒心が募る。
何も起こらないといいけど……。
♡ ♡ ♡
ショッピングストアに到着し、早く食材を買って帰りたいところだが、出入り口前にはガラの悪い男五人がたむろっていた。
「わぁ、メンド……」
「かったり……」
わたしもルミィも、内にある強い気持ちがつい外に出てしまった。
「ヤツら、SOLARだ」
篠原さんがぽそりと言った。
やっぱり。チャラチャラ着飾ったパリピ男子の集まりがSOLARである。
ヤツらのうちの一人がこちらに気づいた。
「あ、来た。羽月ルミエル」
「あぁ、あのパツキンの美少女」
「めっちゃカワイイじゃ〜ん」
「オレの女にしてぇ」
キモい口を並べてキモい目を向けてやがる。気色悪い。
「ちょっとアンタら、入り口の前にたむろってたら通れないじゃん。邪魔なんだけど」
篠原さんがヤツらに言い放った。
これに連中の一人が言った。
「ここは通さねーぜ。そもそもオレらァ、てめーらを邪魔して、羽月ルミエルをぶっ潰せとの命令でここに来てんだ」
はあ? ルミィを……ぶっ潰すって……!?
篠原さんがわたしとルミィの前にたち塞がった。
「そいうことなら、ウチがてめーらをぶっ潰す。二人には指一本触れさせねー!」
頼もしくカッコいい篠原さんを見て、連中はヘラヘラ笑った。
「あぁコイツ、FORESTの女副総長か」
「笹木葉の嫁」
「いや、笹木の嫁はそっちの黒髪もだぜ? アイツァ無類の女好きだからな」
「マジきめ……」
「オイ」
篠原さんのドスの効いた一声に、カスどものヘラヘラした声が掻き消された。
「あ?」
「うちの総長を下げる奴ァ、タダじゃおかねーぜ」
般若の形相で奴らを睨みつけていた。
「杉菜ちゃん、ワタシもコイツらぶっ潰していい?」
ルミィも鬼の形相をして、篠原さんの隣に立った。
わたしだって、腸が煮えくり返る思いだが、あの二人のような強さも勇気も持ち合わせていないのがなんとも歯がゆい。
「ルミちゃんは、後ろ見張ってて。たぶんコイツらだけじゃない」
「……りょーかい。わっちゃんはワタシが護る!」
そう言って、ルミィはわたしの背後にまわった。
篠原さんは、奴らを挑発した。
「来いよ。テメーらがナメくさっている女を倒して見ろ!
ウチぁザコなんかにゃ負けねーよ!!」
奴らは五人揃って篠原さんに飛びかかった。
「女ごときが出しゃばってくんじゃねーよ!!」
篠原さんはその場にしゃがみ込み、うち四人が仲間同士で相打ちとなり、ダメージをくらった。
篠原さんは素早く残りの一人の鳩尾辺りに拳を入れて、気絶させる。
そしてあとの四人にも的確に拳をいれて、奴らの意識を飛ばした。
瞬殺だった。
――つ、強い。
「ウチは〝葉の嫁〟なんかじゃねーよ。FOREST副総長・篠原杉菜だ。覚えておけ」
――カッケェ。
あとわたしも違うからな。誰かの嫁になんのはゴメンだ。
「こんばんは」
「こんな暗い中で、何をしているのですか? あなたたち」
また新たな刺客が来たらしい。見ると、倒れているやつらとは打って変わって、エレガントで好印象なイケメン三人だ。
彼らが来た方向からして、ストアの陰からずっとスタンバっていたに違いない。
「アンタら誰?」
ルミィが尋ねた。
「お巡りさんだよ。朝日奈学園中等部の」
「お巡りさん?」
「MARINEだよ。風紀委員も兼ねてるから」
篠原さんが説明した。
「ダメじゃないですか。夜に出歩くなんて。昔よりかはだいぶ治安は良くなったみたいですが、不良の巣窟であることには変わりありません。
そして不良は夜を好みます」
「いやアンタらも不良だろ」
わたしはぼそりとツッコミを入れた。
「そいつはすまない。ちょっと買い出しに来たんだ。すぐに帰っから、ここは見逃してくんない? 早くしないと店が閉まっちまう」
篠原さんはヤツらを説得した。
「……わかりました。あまり長居はしないように」
あれ? 意外とあっさりだな。てっきりわたしたちを倒しに来たものだと。
「ありがとう。さっ、いくよ」
……倒さなくて大丈夫かな?
怪しく思いながらも、店の中に入った。
♡ ♡ ♡
ストアの中に入ってからも、怪しさは拭えなかった。
「ちょっと待って」
そう言って、篠原さんはジャージのポケットから携帯を取り出した。そして誰かに通話をした。恐らくFORESTの仲間だろう。
「もしもし、ドンリーフ」
ん、ドンリーフ? 誰だそれ。……予想はつくけど。
篠原さんは、極秘の電話相手にさっきの事件の報告をした。
「大丈夫。和女ちゃんとルミちゃんはぜってーウチが護るから」
頼もしい一言で通話を切ると、ルミィはキラキラした目で彼女を見て言った。
「杉菜ちゃん、スゴいね!! ホンモノのスパイみたい!」
「つーか、ホンモノだよ」
…………。
ルミィは絶句した。わたしはハナから絶句している。
「それはどういうことで?」
「今ウチら、本気でSOLARとMARINEに狙われてっからね」
「は――」
二つの暴走族に潰されそうになってんの? わたしたち!!
「まあ、どっちもFORESTの敵じゃねーよ」
……さすがに無理あんだろ。
ここでわたしは、勇気を振り絞って口を開けた。
「……あのぉ、篠原さん……。やっぱり、帰らない?」
「ここまで来て何も買わずに帰んのもね」
「でも危険じゃ……」
「帰り道だって危険だよ。多勢の兵隊が待ってるかもしれねーし。どーせ同じ危険なら、少しでも利のある道を選ぼうぜ」
篠原さん……カッコよ過ぎ……。
「わっちゃん、明日葉くんにとびっきりのスペシャル弁当を食べさせてあげようよ!」
そういうことで、命がけの夜の買い出しは続行することに。
「ルミちゃん、後ろをヨロシク」
「任せて」
ルミィはチラチラと背後のMARINEたちを警戒した。
……不安要素が消えない。
篠原さんはわたしのすぐ隣に寄って、わたしの手を握った。
「大丈夫だよ。ウチらがついてる」
そう言う彼女の顔は、葉に劣らないイケメンだった。
♡ ♡ ♡
さっさと中を進んで行き、弁当に必要な材料をかごに入れていく。
「多くね? 何人分作るつもり?」
「からあげパーティでもやるつもり?」
二人から総ツッコミを喰らってしまった。今日は特別に、多めに食材を買った。
「スペシャル弁当だからね」
「でもこんな量、弁当箱に入らないよね?」
「弁当箱はあと四つ増やすから」
『えっ?』
「てことで、使い捨ての弁当箱買う――」
「危ない!」
突然、篠原さんが叫んで、とっさに後ろにいるルミィの腕を引っ張った。
ルミィは篠原さんの腕の中に抱き寄せられた。
ルミィの後ろには、――警棒を振りかざした店員さんが立っていた。
すんでのところで逃がした男は「チィ」と顔をしかめたが、諦めずに攻撃を続行。
ルミィに変わって篠原さんが前に出て、奴の腹に拳を入れた。
篠原さんの後ろに下がったルミィは、振り返って「ハッ」と驚いた顔になり、素早くわたしの背後にまわった。
わたしも一緒に振り返ると、そこにも店員さんがいた。
ルミィはわたしをガードするように立ちふさがって、怪しい店員の男に話しかけた。
「ワタシたちになんの用?」
男は口を開いた。
「用があるのはお前だ。羽月ルミエル」
そう言って男は、エプロンのポケットに手を突っ込み、取り出した銀の細い棒をジャキンと伸ばして、ルミィに襲いかかった。
「テメーを討ち取るのはこの俺だァ!」
ルミィは襲いかかる棒を持つ手をグッと掴んで、男を引き寄せ、男の腹に重い蹴りを入れた。
「ぐあ゛っ!」
男はとても苦しそうな顔をして、床に倒れ込む。ルミィはさらに、男の背中を踏みつけるように蹴りを入れ、男は完全にうつ伏せ状態で倒れた。
「おい、やりすぎだ」
篠原さんが咎めた。
「あ、ごめん。ちょっと聞きたいことがあって……」
ルミィはそう言って、男の顔の前でしゃがんだ。いたって普通の顔と声。それがかえってめっちゃ怖い。
「ねえ、どうしてそんなにワタシを抹殺したいの? 上水流くんの怨念? それともワタシの首に賞金でもかかってるの?」
ルミィが尋ねても、男は黙りこくったまま。
「ねぇ、教えて」
ルミィは男の首根っこに手刀を向けた。抵抗しようものなら、即座に意識を飛ばされる。
完全に脅しだ。
「……いや」
観念した男はようやく口を開いた。
「金なんて薄っぺらなもので動いてるんじゃねぇ。俺らは心から上水流様を尊敬してんだ」
男の意味深な発言に、わたしも気をそそられて口を挟んだ。
「上水流のどういうところが好きなの?」
「なんで和女ちゃんも首突っ込むんだよ。買い物は?」
篠原さんにツッコまれた。
「MARINEの内情も気になるから」
「意味深なことを話されちゃったら、深堀りせずにはいられないよ! さあ、言いなさい」
男はさらに口を割る。
「……上水流様はな、俺をちゃんと見てくれんだよ。やることできりゃあ、ちゃんと褒めてくれる。
一番優秀な成果を出したやつにゃあ、最高の褒美がもらえる。
それは金なんかじゃ変えねぇもんだ。上水流様の命はなんとしてもやり遂げてやる」
危険なニオイがプンプン漂う。成果を出したら褒美がもらえるって、アメとムチみたいなことか。
「要は調教されてんじゃねーか。MARINEだから、水族館のイルカか?」
調教って……。ますますヤべーんだが。上水流って、ドSなの!?
「最高の褒美ってなんだろうね」
ルミィがわたしに聞いてきた。わたしに聞かれても分かるわけがないのだが、確信のある答えを言った。
「そりゃあ、上水流の〝禁断のパレス〟に入れんのでしょ?」
わたしの衝撃的な見解に、ルミィは多大なショックを受けた。
「ウソ! 中学生だよ?」
篠原さんは「はぁ?」と呆れていた。
「分からんよ? 調教なんてドSの所業をやってるようなヤツだ。〝パレス〟を見せて人をおちょくるようなマネとかしててもおかしくないよ」
「……なんだよパレスって」
上水流は昔っからみんなより数段賢くて大人だったしな。中3の今じゃ、ガチの大人世界の情報なんかも入れているんだろうな。
「そういうことだ。お前たちは俺が仕留めてやる」
「いや、この僕だ」
「いやオレだ。明青様のご褒美は、オレがいただく」
ショッピングストアのあちこちから、店員に扮したMARINEの刺客たちがぞろぞろとやってきた。
『え〜!! ウソぉ〜!!』
これにはわたしもルミィも大衝撃だ。
上水流……アンタ……本当にそうなのか……。あのドS野郎。