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人生における幸せの総量というのは決まっていると誰かが言っていた。

それならば萌はこの十年で一生分の不幸を味わったのだから、あとは幸せな未来しか待っていないはずだ。

それでももう受け取れる幸福を使い果たしてしまったのではと不安になるほど、満ち足りた毎日が続いている。

玲香がこのマンションに来たのは萌に代わって自分が晴臣の妻の座を狙ってのことだろうが、あの日以来音沙汰はない。

プライドを傷つけられて怒り心頭な様子だったため、再びなにか言いがかりをつけに来るか、この結婚自体に反対したり妨害してきたりするかと思ったが、どうやら杞憂だったらしい。

晴臣の言う通り、これからは彼と家族になるのだ。もう叔父の家での辛かった日々は忘れて、ふたりで穏やかに暮らしていきたい。萌の願いはそれだけだった。

七月初旬。初めて晴臣と身体を重ねてから十日ほど経ったある日、晴臣に急遽五泊六日の海外出張が入った。

「行きたくないな。四日間も萌と離れるなんて」

出発の朝、晴臣は玄関で萌を抱きしめながらそう言った。耳元に甘い声音で囁かれ、萌は朝から腰が抜けそうになる。