「大丈夫だった?」
「はい。身内が騒ぎ立ててすみません」

エレベーターに乗り込むと、萌は頭を下げた。

晴臣に対し申し訳なく思っているのは本当だ。けれどそれ以上に、玲香に言ってくれた彼の言葉が嬉しくて仕方がなかった。

「正式に入籍をしたら、もうあの一家とはかかわらなくていい。もうじき秋月工業との取引も終わる」
「え? そうなんですか?」
「あぁ。だからこれ以上、君が彼女たちの言葉に傷つく必要はないんだ」
「晴臣さん」

晴臣は顔にかかった萌の髪をさらりと耳にかけ、そのまま大きな手で頬を包み込む。

「俺が君の家族になる」

頼もしい宣言に、萌は目を見張った。

彼の言葉や優しさを嬉しく感じる反面、晴臣に惹かれている自分を自覚し、恋しく感じているのは自分だけなのにと切なくなる。

(それでもいい。初めて恋した人の妻になって、彼の役に立てるのなら)

彼はいずれ父親の選んだ女性と結婚するつもりだったと言っていた。もしも萌との話が破談になっていたら、いずれ彼の隣には別の女性が寄り添っていたのだろう。