萌は午前中に済ませたかった業務を手早く終えると、最近評判だと噂の和菓子屋でどら焼きを買い、応接室の準備に取り掛かった。

ひとり掛けのソファがふたつと、向かいに三人掛けのソファがひとつ。その間にローテーブルが置かれている。窓際には観葉植物と、これまで会社が手掛けたねじがガラス張りのチェストに並べられているだけのシンプルな室内だ。

普段から綺麗に掃除をしているつもりだが、田辺の口ぶりから大切な客だと窺える。いつも以上に丁寧にテーブルを磨き、すぐに出せるよう給湯室で急須や湯呑みを準備しておく。

約束の相手は時間の五分前に到着したようで、お茶を淹れてどら焼きと一緒にお盆に乗せて応接室へ向かった。

ノックのあとに田辺が中から「どうぞ」と応答したのを聞き、萌はゆっくりとドアを開ける。

「失礼いたします」

中には三人の男性の姿があった。社長の田辺がひとり掛けのソファに、来客のふたりは彼の向かいに腰を下ろしている。

萌のノックに反応し、こちらに視線を向けた男性を見た瞬間。萌は目を見開き身体を硬直させた。

(うそ……!)

そこにいたのは日本屈指の大企業である『桐生自動車』御曹司、桐生晴臣。