就職してからは職場が唯一家族から離れられる場所ではあるが、働いているのは萌よりもふた周りほど年上の人ばかりで、特に親しい相手はいない。

誰かに助けを求めることも忘れ、思考を切り捨て、ずっとひとりで耐え忍んで生きていた。それなのに、今日初めて会ったばかりの晴臣がこんなにも萌を気にかけてくれている。

彼のあたたかさを感じて胸がいっぱいになり、目頭がじんわりと熱を帯びる。

「本当に病院へ行かなくても平気?」

車をゆっくりと発進させながら、晴臣がちらりと萌を見た。

涙ぐんでいるとバレているだろうが、それに触れない気遣いも嬉しく感じる。

「はい、額縁の角が当たっただけで、ガラスが刺さったわけではないので」
「落としたわけじゃなく投げつけられたんだろう。立派な傷害だ。こんな風に怪我をさせて平然としているなんて……あの場で咄嗟に出た言葉だけど、彼女たちのいる家に帰すなんてできない。俺の家においで」
「でも、ご迷惑をおかけするわけには」