「あんたのせいでうちは桐生との取引がなくなったんだ! こっちは特許侵害で損害賠償だって請求できるんだからな!」

その時。背後から足音が近づいてくる。

「それは不可能ですよ」

耳に馴染んだ張りのある声を聞き、萌は膝から崩れ落ちそうなほど安心した。

隣に歩み寄った晴臣は、僅かながら息を切らしている。大切な姫を護る騎士のように萌に寄り添う彼を見上げると、なぜか耳に先ほどまではつけていなかったインカムを装着していた。

そして田辺同様、腫れ上がった萌の頬を見て目を見張り、怒りや悔しさを押し殺すように唇を噛み締めた。

(晴臣さんがそんな顔をする必要はないのに)

彼はお見合いをしたその日にも、萌を翔子や玲香から守るために自宅まで迎えに来てくれた。

その時も『守れなくてごめん』と謝られたが、そんな必要はない。

今、隣にいてくれること。それだけで萌は勇気づけられ、強くなれるのだから。

痛ましげな表情に萌の方が耐えきれず、大丈夫だという意味を込めて、そっと彼の手を握って微笑みかける。