田辺は萌の父が亡くなってからの数年、健二の下で働いていた。しかし健二の利益主義に我慢できず早々に見限って退社し、名古屋で自分の会社を立ち上げたのだ。互いにいい感情を持っていないのは明白だった。

「……お久しぶりですね、秋月社長」
「なにをぬけぬけと……! あんたが辞めてから、うちの製品を真似て商売しているのを知ってるんだぞ! どういうつもりだ!」

声を落として挨拶した田辺に対し、健二は唾を飛ばす勢いで人差し指を突きつけて怒鳴り散らした。

特許を出願すると、その一年半後に内容が公開される。どのような技術でその製品が作られたのかを記したものが誰でも見られる状態になるため、特許として登録した範囲外の類似製品を作られるリスクがある。

萌の父や田辺はそれを承知で特許を取得したし、それによってねじ製造業界が盛り上がればいいと思っていた。

しかし健二はそうではない。利己的な考え方しかできないのだ。

桐生自動車が共同開発のために田辺ネジと業務提携をしたというニュースを耳にしたのだろう。秋月工業で働いていた社員が起こした会社だと知り、自社が取引を切られたのも相まって、製品を真似されたと見当違いな逆恨みしているに違いない。

(どうしよう。社長を巻き込んでしまうし、このままここで騒ぎを大きくしたら晴臣さんにも迷惑が……)

下手に口を出せば、火に油を注ぎかねない。彼らは余計に大声で喚き立て、騒ぎが大きくなってしまう。