「この恩知らず! あんたのせいで、今私たちがどれだけ大変だと思っているの!」

打たれた左頬がじんと熱を持つが、あまりの出来事に痛みを感じない。

扉の向こうのざわめきがかすかに聞こえるだけの静かな空間に、翔子の怒声が響く。

「桐生晴臣が結婚したと聞いて、まさかと思ったのよ。本当にあんたが相手だったなんて……!」

萌は左頬に手を添え、膝をついたまま叔母を見上げる。

「勝手に結婚を反故にして会社を告発して……挙げ句に今更結婚ですって? どこまで私たちをバカにしたら気が済むの!」

翔子に続き、萌に気づいた玲香や健二も、怒りの形相で睨みつけてくる。

「許さないわよ、あんただけ幸せになるなんて!」
「萌、お前……自分が一体なにをしでかしたのかわかっているのか! お前の身勝手な行動で、どれだけ迷惑を被っているか。本当に桐生と縁続きになったのなら、なぜ連絡してこない! 早くうちとの取引を再開するよう話をつけろ」

次々に罵声を浴びせられ、過去の弱い自分を思い出す。感情を殺し、思考を止め、なにもかも諦めていた。

(でも、私は変わったの。晴臣さんと、光莉と陽太のおかげで)