六月下旬。本格的に梅雨入りし連日じめじめとした天気が続く中、アナスタシアの大広間では桐生自動車の創業者である桐生正一の生誕百周年を祝うレセプションパーティーが華やかに執り行われていた。

大きなシャンデリアが吊るされた広間の中央には、桐生自動車が手掛けた最新モデルのセダンと、先日カーレースに出場して見事優勝を果たしたレーシングカーが展示されている。

桐生自動車の子会社や取引先の重役たちがひしめく中、萌はドレスアップし晴臣の妻として出席していた。

レースのフレンチスリーブが愛らしい生成り色のミディドレスは、たっぷりとシルクタフタを使ったフレアスカートが上品な可愛らしさを演出している。同系色のベルトでウエストを絞り、これまであまり履いたことのない華奢なヒールのパンプスを合わせ、晴臣の腕に手を添えて挨拶をして回っていく。

彼は桐生自動車の若き副社長として堂々とホストを務めていた。

『大々的に発表をしたわけではないですが、やはり副社長が結婚されたという話は広がっていますから。みなさん興味津々だと思いますよ』

パーティーが始まる前、控室でそう教えてくれたのは晴臣の秘書である小倉だ。インカムで忙しなく指示を出す様子は優秀な秘書そのものだが、晴臣いわく〝食えない人物〟らしい。