あの時はそれしか方法が浮かばなかった。自分と結婚することで、彼や桐生自動車の迷惑になってはいけない。それだけしか考えられなかったのだ。

まさか晴臣が自分に非があると認めて謝罪するとは露ほども思っていなかった萌は、このままにしていてはいけないと必死に言葉を探した。

(だって、晴臣さんはなにひとつ悪くないのに)

萌にとって晴臣は初めて好きになった男性であるのと同時に、自分を救ってくれた恩人だ。その彼と、萌を虐げ続けてきたあの一家とを同列に並べるなんて、今思い返しても最低な発言だ。

罪悪感と自己嫌悪で潰れそうになりながら、その言葉だけでも訂正しなくてはと口を開きかけたが、先に言葉を発したのは晴臣だった。

「ニューヨークの事業所は俺の手から離れた。細々した出張はあるかもしれないけど、今後はずっと日本で生活する予定だ。君を籠の中の鳥のような扱いにはしないと約束する。だから、もう一度結婚を前提に付き合ってほしい」
「は、晴臣さんは、副社長に就任されたとお伺いしました。それならば、もうご結婚をされているのでは……?」
「あり得ない」

震える声で疑問を口にした萌に、晴臣はきっぱりと否定した。

「萌以外の女性と結婚するなんて考えられない。お願いだ、俺にもう一度チャンスをくれないか」

懇願するような告白に、萌は絶句した。泣きそうなほど嬉しいのに、罪悪感で胸が苦しい。