けれど今さらなにを悔いてもあとの祭り。もう晴臣は恩知らずな萌など忘れて、素敵な女性を妻に迎えているに違いない。そう考えて自分を律した。

彼は会社を継ぐ立場にあり、社会的信頼を得るために結婚すべきだと考えていたのだ。副社長に就任したのなら、当然結婚しているだろう。陽太と光莉の存在を晴臣に知られるわけにはいかない。

萌は宝物であるふたりの愛らしい笑顔を思い出し、気持ちを強く持って晴臣に対峙した。

「ごめんなさい。私にはお話することはありません」
「君になくても俺にはある」

淡々と断ろうとしたが、より強い口調で返されてしまった。

本来、晴臣はとても穏やかで優しい人だ。彼が語気を強めたのは、萌が自分自身を『私なんか』と卑下し続けていた時と、別れを切り出した時の二回だけ。

そんな彼が、焦燥を孕んだ感情的な声で言い放つ。

「頼む、少しの時間でいい。今度は俺の願いを聞いてくれないか」

そう告げられ、萌は言葉に詰まる。

晴臣は萌の『縁談をなかったことにしたい』という唐突な願いを聞き入れてくれた。話をするための時間を作るなど、彼が受け入れてくれた萌のワガママに比べればとても小さな願いだ。