「ごめん。職場で待ち伏せなんて非常識だとわかってる。でもどうしても話がしたいんだ。時間をもらえないか」

なぜ。どうして。萌の頭の中に疑問符ばかりが浮かぶ。

あんなにもたくさん幸せを与えてもらったにもかかわらず、萌は一方的に約束を反故にして晴臣の元を去った。

副社長に就任したのならば以前にも増して忙しいはずなのに、わざわざ東京から名古屋まで来て、必死に萌と話したいと懇願する彼の意図がまったくわからない。話の内容の想像がつかず、不安ばかりが募っていく。

それなのに晴臣の真剣な眼差しに見つめられると、三年前に封印したはずの愛おしさが溢れ出してくるのが自分でも止められなかった。萌の中の彼への想いは消えず、色濃く残っている。

その証拠に、どれだけ双子が大切で愛おしく感じても、職場や周囲の人々に恵まれていると幸せを噛み締めても、萌の心にはぽっかりと大きく開いたままの空洞がある。

晴臣を愛し愛され、幸せで満たされていた日々を自らの手で壊したあの日からずっと、消えない喪失感を抱えて生きてきた。

彼の元を離れ、後悔しなかったと言えば嘘になる。

晴臣を愛しているがゆえに、迷惑をかけてはならないと身を切る思いで別れを選んだけれど、叔母や玲香の浅ましい欲望や秋月工業の不正を彼にすべて打ち明け、相談すべきだったのではないかと何度も頭をよぎった。

そのたびに、あれだけ悩み抜いて決断したのにくよくよと考えてしまう自分の弱さに辟易した。