ニューヨークにいる間も、萌を忘れたことはない。自分の不甲斐なさからあの時は彼女の手を離すことになってしまったが、とても諦めきれなかった。

父も晴臣の気持ちを汲んで、これまでのように『三十までには結婚を』とは言わなくなった。周囲からは変わらず「結婚は?」と聞かれるが、心に決めた人がいると告げて見合い話などはすべて断っている。

いつか自立した萌の隣に立つに相応しい男となり、彼女を迎えに行きたい。約束したわけでもないし、萌にとっては迷惑な話かもしれない。それでも諦めたくなかった。

そうして二年半ほど滞在して新たな事業所を設立し、軌道に乗せて先月帰国したばかり。

本来なら丸三年いる予定だったのを必死に前倒ししたのにはわけがある。

昨年の九月、秋月工業が倒産寸前だという話を耳にした。経費の不正使用などで脱税しており、重加算税を課されて経営不振に陥っているらしい。

さらに他社との取引の中で製品不良などの話も出ていて、倒産は時間の問題ではないかと言われている。

『うちはもう発注してないのでなんの影響もないですが、もし取引が続いていて巻き込まれていたら面倒なことになっていたかもしれないですね』

資材購買部の社員の報告を聞き、晴臣の脳裏にある疑念が湧いた。