(ダメだ、このままじゃ社長に変に思われちゃう)

萌は冷静になろうと必死に浅い呼吸を繰り返した。

(大丈夫。あんなに酷い別れ方をしたんだから、きっと私のことなんて忘れて素敵な結婚をしてるはず)

そうだとすれば、万が一にも双子の存在を知られるわけにはいかない。

桐生自動車の御曹司に私生児がいたと発覚すればスキャンダルに違いないし、奥さんとなった女性もいい気はしないだろう。そんな迷惑をかけたら、なんのために彼の元を去ったのかわからなくなってしまう。

萌は混乱しながらも必死に思考を働かせるが、自分の考えた仮説に胸が引き裂かれるほど苦しくなる。

優しく穏やかな口調も、ふたりきりの時の甘い眼差しも、彼の淹れてくれたホットチョコレートのあたたかさも、全部覚えているのだ。

晴臣の隣にいる心地よさを、今は別の女性が感じている。そう思うと、どうしても心の奥に醜い嫉妬心が芽生えそうになる。

けれど、そう仕向けたのは萌自身だ。

突然の再会に感情がぐちゃぐちゃで、平静を装おうとすればするほど動けなくなる。

「萌ちゃん? どうかしたかい?」
「いえ、すみません。なんでもありません」

田辺に呼びかけられ、ハッと我に返った。萌は田辺に小さく微笑むと、すぐに屈んでお茶とどら焼きをテーブルに置く。その間、晴臣からじっと視線が注がれているのがわかったが、意識的にそちらを見ないことでなんとか平静さを保った。