「萌ちゃん、お客様が見えたみたいなの。お茶をお願いできる?」
「はい。お客様は何名ですか?」
「おふたりみたい。社長の分と三人分よろしくね」
「わかりました」

昼休憩から一時間ほど経った頃、ベテランの事務員である竹内に声をかけられ、萌は仕事の手を止めて給湯室へ急いだ。お茶を淹れ、午前中に購入したどら焼きと一緒にお盆に乗せて応接室へ向かう。

相手が桐生自動車の社員だと知ったため妙な緊張感があるが、考えてみれば萌は晴臣の職場についてなにも知らないし、同僚に挨拶したこともない。

結婚前提で一緒に暮らしていたものの婚約発表など大々的にしたわけではないので、桐生自動車の社員が萌を知っているなど万にひとつもないはずだ。

(大丈夫。大丈夫)

何度も自分に言い聞かせ、応接室をノックする。中から田辺が「どうぞ」と応答したのを聞き、萌はゆっくりとドアを開けた。

「失礼いたします」

中には三人の男性の姿があった。社長の田辺がひとり掛けのソファに、来客のふたりは彼の向かいに腰を下ろしている。

萌のノックに反応し、こちらに視線を向けた男性を見た瞬間。萌は目を見開き身体を硬直させた。