そんな昨日までの一連のやり取りを思い出し徐々に俯きがちになる萌とは裏腹に、翔子と玲香のおしゃべりは止まらない。

「うちの玲香は職場では秘書のようなお仕事を任されているんですよ」
「ええ。おそばにいられれば、きっとお役に立てると思います。少なくとも、こうした場に相応しい格好くらいはできますわ」

そう言って玲香は隣に座る萌に視線を向け、蔑むような笑顔を見せた。

玲香が実家から通える女子大を卒業して就職したのは、中堅の塗料メーカーだ。

一流商社や大手ゼネコンと呼ばれる大企業ばかりを何社も受けたが採用通知は一通も来なかったため、健二の口利きで入社した会社だ。玲香本人は大企業以外では働きたくないとごねていたようだが、社会人経験はあったほうがいいと窘められ渋々就職した。ペンキ臭くなるのが嫌だと毎日のように愚痴を零している。

普段、家で聞いている苛立ちを含んだ人を蔑む低い声も萌を身震いさせるが、店の落ち着いた雰囲気の中で聞く彼女たちの媚びに満ちた声音は、他人にも不快に聞こえるらしい。

向かいに座った晴臣の母親は美しい口元を引き攣らせているが、当の本人たちはそれに気付かずに話し続けている。