『なんで萌なのよ! 秋月工業の社長令嬢は私よ! なにかの間違いに決まってるわ!』
『そうね、きっと名前を勘違いしたのかもしれないわ。あなた、すぐに確認してちょうだい!』

ふたりの剣幕に健二が渋々先方に問い合わせたが、何度確認しても玲香ではなく萌で間違いないとの返答がくるばかり。なんでも陽一と大学時代に交流があったらしい。

普段は萌になんの興味関心も持たない健二だが、金になりそうな話とあれば目の色を変える強欲な性格だ。萌に拒否権はなく、問答無用で見合いに出るように命じられた。

その上で『さすがに秋月家側から見合い相手の変更を申し入れるような真似はできないが』と健二は玲香に提案する。

『見合いの場にお前も来ればいい。そこで相手に気に入られれば、話が変わることもあるだろう』

父の提案を聞いた玲香は、見合い前日の夜に萌の帰宅を玄関で待ち伏せ、翔子とふたりがかりで萌の美しい黒髪を市販のブリーチ剤でまだらに染め上げた。

『あんたが桐生自動車の御曹司と見合いなんて、分不相応なのよ。せいぜい私の引き立て役になることね』

満足げに微笑む玲香の髪は昨日までの明るい茶色ではなく、艷やかな黒色に染められていた。