「……私も、お話したいことがあるんです」
「話?」
「ごめんなさい。この縁談はなかったことにしてください」

プロポーズした直後にこんな話をするなんて最低だ。ギリギリになって突然結婚したくないだなんて、非常識にも程がある。

それでも、やり遂げなくてはならない。晴臣と、桐生自動車の未来のために。

頭を下げる萌を見て、今度は晴臣が息をのんだ。普段の穏やかな表情は鳴りを潜め、眉間に皺を寄せ、険しい表情で萌を見下ろしている。

「……どういうこと?」
「実は少し前から考えていたんです。晴臣さんのおかげであの家から出られて、楽に息ができるようになりました。ずっと貶され続けて萎縮したり、必要以上に自分を卑下したり、そういう弱い自分から抜け出すきっかけをくれた晴臣さんにはとても感謝しています。でもこれからは、自分の力で自由に生きていきたいんです」

この数日間で考えた理由を必死に並べ立てた。

恩を仇で返すような真似をしている自覚はある。晴臣の眼差しが肌に突き刺さり、萌は身を竦めそうになるのをグッと我慢した。

「それは、俺の隣にいては叶わないの?」
「今海外へ行くとなると、私は英語を話せないので晴臣さんに頼って生活するしかなくなります。仕事はもちろん、買い物だってろくにできないかもしれない。だから私は――――」
「そばにいてくれればそれだけでいい!」

叫ぶように言われ、萌は目を見張った。