嫌だ。せっかく見つけた居場所を自分から手放すなんて。

もうひとりの自分が必死に訴えかけてくるのを、萌はなけなしの自制心で抑え込む。唇を噛み締めていないと、今にも嗚咽が漏れてしまいそうだった。

晴臣が黒い紙袋から濃紺のリングケースを取り出し左右にグッと開くと、中には婚約指輪の王道とも言えるソリティアリングが眩いばかりの光を放っている。

萌は目を見張り、息をのんだ。

「萌」
「……はい」
「俺の妻として、一緒についてきてほしい」

晴臣には珍しく緊張した面持ちだが、愛に満ちた眼差しで見つめられながらのプロポーズ。それは萌に喜びと同じくらいの苦しみをもたらした。

彼はきっと萌が断るだなんてこれっぽっちも考えていないはずだ。萌だって一週間前ならば間違いなく頷いていた。喜びに涙し、自分から彼の胸に飛び込んだかもしれない。

けれど事情が変わった今、どれだけ彼を傷つけようと、どれだけ彼に嫌われようと、萌は晴臣ときっぱりと縁を切らなくてはならない。