(まさか……)

艶やかな黒の紙袋が室内灯を反射して鈍く光るのを目にして、バクバクと心臓が嫌な音を立てた。

本来なら泣きそうなくらい嬉しいはずの予感が、萌の心を容赦なく締めつける。

「前にも少し話したと思うけど、正式に海外転勤が決まった」
「海外転勤……」
「うちの会社はケンタッキー州とカリフォルニア州には北米の事業を統括する管理会社があるんだけど、ニューヨークにもひとつ拠点を置くことになって、そこを任される予定なんだ。できるだけ早く向こうに行きたいと思ってる」

タイミングとしては、これ以上ない絶好の機会だ。

晴臣が海外に行くのと同時にこの縁談を破談にして、秋月家と桐生家の関係性を断ち切る。その上で萌は秋月工業の不正を告発する。

会社同士の取引はもうじき終了すると聞いているので、婚姻関係さえ結んでいなければ、秋月工業の不正が明るみに出ても桐生側への影響は最小限で済むはずだ。

会社の負債の補填や結納の品に高級車を求めるなど、翔子や玲香の図々しい行動も止められる。萌が晴臣との縁談を破談にして縁続きにさえならなければ、彼女たちが桐生家に援助を求める理由はなくなるのだから。

頭ではそうしなくてはならないと考えているのに、心が引き攣れるように痛んだ。